1 履 歴
フリガナ カサイ マサナオ 性別


1953年3月7日
氏名 笠井 雅直 男性
ローマ字
氏名
kasai masanao
所属 現代社会学部 職名 教授
HPアドレス  
メールアドレス  masanao@ngu.ac.jp
最終学歴・学位  1983年3月
名古屋大学大学院経済学研究科博士課程後期課程満了
 系・分野・分科・細目表
 人文社会系
分野  社会科学
分科  経済学
細目  経済史
フリーキーワード  鉄道史・温泉史・トヨタ自動車・航空機産業史

 2 学歴・学位
年月

事     項

1980年3月 経済学修士(名古屋大学大学院経済学研究科)
1983年3月 名古屋大学大学院経済学研究科博士課程後期課程満了

 3 職 歴
年月

事     項


 5 研究分野・内容
 5-1 研究分野・内容(記述式:350字以内)
日本経済史、日本の企業経営史
 5-2 研究課題(今後の展開・可能性を含む)(記述式:350字以内)
中心課題は、東海地域を代表する企業・工場である、三菱重工業とトヨタ自動車に関する歴史的な分析であり、さらに、両企業が舞台とした、旧型重化学工業が、情報通信の発展を組み入れて、どのようにリファインし、持続的な発展を遂げてきたのかという観点から、戦後日本の情報通信の発展過程について分析がもう一つのテーマである。近年は、特に日本の地域資源の再発掘という観点から、日本特有の資源である温泉を中心とした地域の観光開発というテーマも追究中です。
 5-3 研究助成等
区分 年月 名称・題目・機関名等
 5-4 資格・特許等
年月 名称

 6 研究業績
 年度  種類  
種類 著書、学術論文、テーマ等の名称 単著、
共著等の別
発行又は
発表の年月
発行又は発表
雑誌等又は発表
学会等の名称
該当頁 PDF
著書:編纂書 新修名古屋市史資料編近代3 共著 2014年3月 名古屋市 解説856-857他  
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要旨:名古屋の戦時下の政治社会・文化・経済について、軍需工業都市という観点から関係資料を採録し、史料解題を付した。
特に都市計画から戦時空襲対応という観点から、都市名古屋が行政組織としても、社会組織の点でも、経済産業の面でも大きく変貌する過程を明らかにした。
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著書:編纂書 尾張旭市誌 現代史資料編 共著 2012年9月 尾張旭市役所 567ー774  
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要旨:主として、戦後の尾張旭の商工業、交通・通信に関する資料を採録して、解説を付した。
本地ケ原、森林公園に関する資料のなかには、これまでに知られていなかった側面を明らかにする資料も含まれている。
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著書:編纂書 尾張旭市誌現代史編 共著 2011年3月 尾張旭市役所 253ー379  
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要旨:名古屋市近郊の尾張旭市に関する戦後の公式的な歴史書として刊行。同市の商工業・交通・通信の分野について、「観光と産業の町」から「緑と太陽の健康都市」「住宅都市」への転換という観点から、その戦後の歩みについて明らかにした。工場誘致による地域振興から、名古屋のベッドタウンとして、高層ではない住宅地帯化による地域振興へと転換したことで、今や、近隣の市町村でも有数の商業集積地域となったことを明らかにした。
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著書:編纂書 戦時下の中部産業と東邦商業学校ー下出義雄の役割ー 共著 2010年3月 唯学書房 83ー97  
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要旨:下出義雄の経済活動と東邦商業学校に関する活動を歴史的に解明使用するものであり、笠井は、そのうちの戦時下の経済活動に関する章を担当した。
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著書:編纂書 新修 名古屋市史 資料編 近代2 共著 2009年3月 名古屋市  
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要旨:日露戦争後から昭和恐慌・満州事変までの時期の、名古屋市の政治行政、社会文化、そして産業経済の分野に関する資料を、都市計画との関連に留意して収録した。その中で、編集と、工業に関する分野の、資料選定と解説を担当した。
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著書:編纂書 愛知県史 資料編30 近代7 工業2 共著 2008年3月 愛知県  
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要旨:戦前の愛知県に於ける重工業について 概況 航空機工業 軍工廠 電気機械工業などに関する資料の採録と解説を担当した
参照リンク:
著書:編纂書 愛知県史 資料編29 工業1 共著 2004年3月 愛知県 335-387    607-730   991-995    
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要旨:知多綿織物業の発展と力織機化の過程に関する資料を収録し、解説した。
愛知県内における繊維機械製造業に関する資料を収録した。
参照リンク:
著書:編纂書 新修 名古屋市史 第6巻
第9章 第3節 676-682P
第10章 第3節 765-773P
共著 2000年3月 名古屋市 676-682
765-773
 
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要旨:日中戦争以降における産業・企業の重化学工業への傾斜が、産業都市名古屋の人口増加と企業数の増加をもたらしたこと、特に、航空機産業への集中の結果であったことを明らかにした。執筆者一覧は、原本参照のこと。
参照リンク:
著書:その他 古地図で楽しむ三重 共著 2016年2月 風媒社 2  
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要旨:古い地図と現在のそれの比較の中から、三重の歴史と伝統を浮かびあがらせようという趣旨から編集されたもので、当方は、湯の山温泉について、特にその景観についての歴史的な積み重ねと、集客に結びつく過程を写真や観光案内によって提示した。
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学術論文 石田退三とトヨタ自動車工業 : 石田・トヨタ式経営への革新 共著 2019年7月 名古屋学院大学 社会科学篇 第56巻 第1号 1-24
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要旨: 1950年7月,トヨタ自動車工業の三代目社長となった石田退三は,朝鮮動乱による特需を米軍詣でにて捉え,第1次受注の75%を取得することに成功した。その後の受注によって得た余剰資金を基に,予てよりの生産設備近代化5ヵ年計画を再設定し,自動車量産体制を整える。石田の目には,乗用車生産と海外進出があった。石田は,外国車メーカーとの提携を避けて,国産車確立の道を選択した。政府の国民車構想もあり,石田の願いは乗用車クラウンにて果たされる。さらに1956年に,乗用車専用工場である元町工場の建設を決断することで,高度経済成長の開始による自動車需要を掴まえようとし,1957年にはクラウンがアメリカへ輸出される。石田の下で,トラックのトヨタから乗用車のトヨタへ転換することで,同社の売上は1951年3月期の43億円から1960年11月期の570 億円となる。激増であった。それは石田の経営手腕によるものであった。石田による経営方式は,豊田佐吉以来の従業員第一主義の踏襲,石田が始めた自己資金による持続的な設備投資,自動車製造事業を中心としたトヨタの拡大路線の推進として発揮された。
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学術論文 経営者石田退三論(2・完)―喜一郎戦略との遭遇― 共著 2018年10月 名古屋学院大学論集 社会科学篇 第55巻 第2号 143-170
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要旨: 戦時下,豊田紡織は,中央紡績へと統合され,豊田は綿業からの事業転換を余儀なくされる。豊田は,豊田自動織機製作所とトヨタ自動車工業に拠る軍需品生産・自動車製造へと邁進する。豊田自動織機製作所は,紡織機の製造が困難化しつつあり,事業の再構築をすすめていたが,石田退三は常務取締役として,その最前線に放り込まれたのであった。何事も「合理的にすすめる」石田退三は,自動車部品の生産と軍需品生産に関する実績から,ついには豊田自動織機製作所の「生産担当者」となる。第二次大戦後はGHQによる「財閥解体」の一連の改革の中,石田退三は豊田自動織機製作所における紡織機生産の再開を推進することで,1948年豊田自動織機製作所の取締役社長となる。全豊田の観点,家族主義的豊田を体現する経営者となっていた。
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学術論文 経営者石田退三論(1)―喜一郎戦略との遭遇― 共著 2018年7月 名古屋学院大学論集 社会科学篇 第55巻 第1号 93-106
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要旨: トヨタ自動車工業の三代目社長となる石田退三は,その企業経営者としてのキャリアをスタートさせるのは,豊田紡織への入社以降のことであった。この入社は,児玉一造,服部兼三郎,そして豊田佐吉のネットワークによるものであり,特に児玉一造は,三井物産,のちには東洋棉花の取引業務の必要から,次弟・利三郎を豊田家に送り込んでおり,三井物産の人材も投入していた。石田退三も児玉戦略の一部となった。個性的な石田退三は,全社的な視点から,豊田家の事業方向と深く「格闘」するという後半生を開始する。本稿では,石田退三が豊田喜一郎の事業経営方向との緊張関係の中で,豊田家の事業における意思決定に深くかかわるに至る過程を明らかにした。
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学術論文 人物石田退三論―経営トップへの原点― 共著 2018年1月 名古屋学院大学論集 社会科学篇 第54巻 第3号 37-56
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要旨: トヨタ自動車工業の社長歴任者として石田退三は著名であり,1950年に同社の社長に就任したのが,遅く,氏,62歳のころであったことなど興味は尽きない感じがするが,石田退三に関する経営史的な研究は殆どなく,また関心を引くこともないままとなっている。しかし,石田退三が経営トップであった頃(1950―1967年)のトヨタ自動車工業は,経営危機を乗り切り,貿易自由化と国際競争に対応し,自動車メーカーとしてだけでなく,日本のトップメーカーとなる。この石田退三の前半生は「辛酸の連続」「失意の日々」であったとされるが,その過程は,旧時代に属する商家への勤務にもかかわらず,市場取引の商慣行や会計管理などの学習の機会となったことで,氏のビジネスモデルや経営哲学を生み出す諸要素となったものと思われる。
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学術論文 トヨタ生産方式の生成と下請企業 単著 2017年3月 熊本学園大学 経済論集 183-198  
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要旨:トヨタ自動車工業の創業者・豊田喜一郎によって導入が試みられたジャスト・イン・タイムの方法は、戦後復興期の1948年にトヨタ自動車工業の自動車生産5か年計画のもと、現場事務の合理化として推進される。担当した機械工場長の大野耐一による工場の工程の合理化は、ドッジ不況、朝鮮特需という激変の中で、工程の統合、機械の複数台持ち、そして後工程が前工程に部品を引き取りに行くという生産の流れは、1953年には、コンベヤー活用の流れ作業方式によって工程の同期化の実現となり、1956年には、下請け部品が直接、組立ラインへ運ばれることで、トヨタ生産方式として仕上がることとなった。
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学術論文 豊田喜一郎小論 ―創業家と新事業― 共著 2016年10月 名古屋学院大学論集 社会科学篇 第53巻 第2号 13-42
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要旨: トヨタ自動車の創業者である豊田喜一郎は,織機の開発と事業化を推進した父・豊田佐吉と同様に国産化による報国という企業家精神を受け継ぎ,戦時期,そして戦後の占領下において,自動車製造という新事業を軌道に乗せる。豊田喜一郎が経営に当たった戦時統制期から戦後直後の統制期,朝鮮特需までの財務分析である収益性の分析・安全性の分析・成長性の分析,そして資金調達の分析によって,計画経済・統制経済期であり変転著しい時期にも関わらず,乗用車生産の必要性を抱えながらもトラック生産に邁進することで,経営指標のROA,ROEは市場経済志向型の推移を示していることが明らかとなっている。豊田喜一郎から引き継いだ石田退三が前提としたのも「トラックのトヨタ」という遺産であった。
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学術論文 トヨタ自動車2008年史論 ―経営史的研究― 共著 2016年1月 名古屋学院大学論集 社会科学篇 第52巻 第3号 93-115
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要旨:
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学術論文 戦時下のトヨタ自動車工業 ―軍需動員としての航空機事業への進出― 単著 2015年10月 名古屋学院大学論集 社会科学篇 第52巻 第2号 109-126
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要旨: トヨタ自動車工業の創業者であった豊田喜一郎は,それまでの豊田の事業が基盤とした綿業中心からの転換を図るべく自動車事業に参入し,挙母町に広大な用地を確保し,自動車の大量生産の体制を構築するのであるが,その一方で,航空機に関する試行も継続していた。トヨタ自動車工業は戦時下,陸軍からの要請により川崎航空機工業と共同で東海飛行機を設立し航空機分野に参入するが,その生産は企業整備の対象となっていた旧中央紡績の工場を活用したものであり,トヨタ自動車工業の挙母工場では自動車生産に集中していた。豊田喜一郎の志向は民需用の航空機にあった。
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学術論文 戦前期温泉地をめぐる鉄道と汽船の競合に関する試論―南紀の温泉地をめぐる交通網の革新― 単著 2015年3月 名古屋学院大学論集 社会科学篇 第51巻 第4号 27-47
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要旨:白浜温泉は,湯崎温泉の泉脈から新たに別荘地として開発されつつあった地域に登場する。戦前の大阪商船は南紀の沿岸航路開設により沿岸の温泉地の発展を主導して来たが,紀勢西線の順次開通に拠る鉄道資本間の競争と協調による集客の激増によって,その航路の力点は当初の白浜温泉から熊野巡りと連携した勝浦温泉の開発へと転じる。
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学術論文 陸軍の自動車工業統制とトヨタ自動車工業 単著 2014年7月 名古屋学院大学論集 社会科学篇 第51巻 第1号 47-68
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要旨:
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学術論文 発明と製造をめぐる両豊田の吸引と反発 ―豊田自動織機製作所設立小史― 単著 2014年3月 名古屋学院大学論集 社会科学篇 第50巻 第4号 37-58
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要旨:
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学術論文 岡多線の建設と名古屋学院大学の創立―大学と地域開発に関する事例研究― 単著 2012年10月 名古屋学院大学論集 社会科学篇 第49巻 第2号 27-53
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要旨:
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学術論文 戦前期温泉地間競争と交通網の革新(上) 単著 2012年7月 名古屋学院大学論集 社会科学篇 第49巻 第1号 51-62
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要旨:
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学術論文:研究ノート 過度経済力集中排除法とトヨタ自動車工業に関する資料 単著 2010年7月 名古屋学院大学論集 社会科学篇 第47巻 第1号 157-168
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要旨:
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学術論文:ディスカッションペーパー 銃後ー戦争を支えた人々:飛行機献納運動・百貨店でのプロパガンダ・軍需株への投資ー 単著 2019年3月 名古屋学院大学総合研究所 25ページ
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要旨:満州事変以降の「戦争の時代」における「銃後」の人々の「戦時動員への組織化と運動」の諸相に注目すると、人々は工場、地域、学校単位で国威発揚・戦意高揚のむ実践を強いられ、参加していく。本稿では、愛知・名古屋を中心として、陸軍と海軍への飛行機献納運動と、百貨店における国威発揚、戦意高揚の各種の展覧会を取り上げ、人々の戦時動員への仕組みの一端を明らかにし、併せて、愛知・名古屋が軍需工業、航空機産業の一大拠点となる中、軍需株への投資という人々の行動についても明らかにした。
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学術論文:ディスカッションペーパー 温泉地開発と鉄道網の革新ー歴史的経験ー           単著 2015年12月 名古屋学院大学総合研究所  DP №109 24  
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要旨:第一次大戦前後から戦時期にかけて集客数を著しく拡大した温泉地、増加傾向を示した温泉地について、主として交通網の革新との関連に着目して、その推移について概観した。人口の増加した東京、大阪、神戸などからの集客を確保した温泉地を類型化した。
 遊覧型としての熱海、湯河原、伊東、城崎、芦原、片山津、白浜湯崎、道後、別府、有馬、勝浦の温泉、スポーツ型の下諏訪、上諏訪、越後湯沢、蔵王高湯、大湯の温泉、そして、遊覧型からスポーツ型への展開によって集客を拡大した日光湯本、草津、湯田中、伊香保の温泉について、概観した。
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資料 瀬戸陶磁器産業調査研究について ―旧産業科学研究所史の発掘― 単著 2012年12月 名古屋学院大学論 研究年報 第25号 53-70  
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書評 ガラ紡を学ぶ会編『臥雲辰致・日本独創のガラ紡ーその遺伝子を受け継ぐー』 単著 2018年11月 社会経済史学 84-3 97-99  
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要旨:幕末開港による在来綿工業の破壊・再編に際して、明治初期、在来綿織物業の発展を一時期支えた紡績機械・ガラ紡を発明した臥雲辰致に関する総合的な研究の書。通常の紹介・検討のスタイルではなく、共著である本書によって提示されている臥雲辰致の発明と事業化について、主として時代的な背景に留意して「全体像」を提示した。特許制度の未整備の中での「発明の保証確保の手探り」、外来綿製品と「競合しない」分野での発明と事業化を社会的に提供することで、在来綿工業の、再編・復興に果たした役割があきらかとなった。
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書評 小川功著『観光デザインとコミュニティデザイン』 単著 2016年5月 社会経済史学 111-113  
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要旨:観光の新たなビジネスモデルをつくりあげた観光企業家、観光資本家を剔抉、類型化しようとする本書に対して、社会経済史的な歴史事情や地域企業との兼ね合いで、歴史的な時代を代表するものとして区分けすべきではとした。
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書評 奈倉文二著『日本軍事関連産業史ー海軍と英国兵器会社』 単著 2014年3月 『日本歴史』日本歴史学会、吉川弘文館 119-121  
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要旨:海軍の海外技術の導入とその国産化が、産業的な自立とどう関連するのかについて検討した。
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書評 書評 小川功『虚構ビジネス・モデルー観光・鉱業・金融の大正バブル史ー』 単著 2010年5月 社会経済史学  76ー1 127ー129  
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要旨: 大正バブルとその破綻の過程に、伴って出現した虚構ビジネスについて、社会経済的な事情の変化と関連付けることが必要という趣旨での書評。
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口頭発表:研究発表 工業都市名古屋の成立と発展 単独 2012年11月 文化小劇場で紡ぎ出す名古屋の歴史<前期>第五回  
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要旨:
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口頭発表:研究発表 戦前日本の工業史と名古屋 ―織物から航空機へ― 単独 2012年6月 守山生涯学習センター講座<なごや学>「日本の近代史と名古屋」  
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要旨:
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口頭発表:研究発表 戦時下の軍需工業と愛知 単独 2009年11月 第三回下出文庫シンポジウム(愛知東邦大学地域創造研究所)  
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要旨:戦時下の愛知における軍需工業の展開過程と、そこでの大同製鋼を軸とする下出義雄の事業について分析した。
参照リンク:
口頭発表:研究発表 下出文庫の価値と魅力(1)-近代経済史研究から- 単独 2007年12月 愛知東邦大学地域創造研究所  
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要旨:名古屋電灯、大同電力、そして大同製鋼の企業経営者でもあった下出義雄の収集資料について概観した。
関係企業資料、映画事業などの新事業、そして証券取引所、商工会議所の関係資料の一端を紹介した。
参照リンク:
口頭発表:研究発表 近世の熱田・名古屋―市場経済の誕生― 単独 2007年6月 熱田生涯学習センター  
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要旨:名古屋城建設に対応した、熱田の近世における変化を、材木の集散地としての位置、名古屋の消費を支える魚市場の役割、東海道の経路としての宮の渡しという海路の拠点としての位置、当時の領主的商品経済の打開策としての埋め立て、産業振興としての陶磁器技術の新開発と伝播の拠点としての熱田について発表した。
参照リンク:
口頭発表:研究発表 尾張旭市の商工業の歴史 単独 2007年3月 尾張旭市教育委員会・尾張旭市誌編さん事務局  
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要旨:当日は「尾張旭における経済構造の変化と商店街」というテーマで発表した。尾張旭の商業は、1960年代までは、陶磁器産業や進出企業の好調さに支えられて、拡大基調にあったが、1970年代以降は、工業の横ばい傾向や近接する名古屋市のへの「消費」の流出によって、相対的には、伸び悩み状況にあった。1990年代以降、域内への大型店の進出によって、商業は回復基調にあるが、商店街はひきつづき低迷していることを明らかにした。
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口頭発表:研究発表 「あつた」の地域的な特徴をつかもうー工業立地の歴史や伝統からー 単独 2006年11月 熱田生涯学習センター主催
名古屋市熱田生涯学習センター
 
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要旨:名古屋市南部工業地帯の中心をなす熱田区地域は、戦前、軍工廠や鉄道車両企業、そして航空機製造企業の立地する大工業地帯であった。
かつての、木材業、時計製造から、航空機製造拠点への変貌の過程を企業経営の多角化の観点から、企業経営に即して明らかにした。
参照リンク:
口頭発表:研究発表 知多綿織物業の力織機化と豊田佐吉 単独 2005年2月 経済理論学会、政治経済学・経済史学会東海部会合同研究会
中京大学
 
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要旨:豊田佐吉の最初の動力織機の完成が、知多綿織物業における明治維新後の工場化へのダイナミズム、地域的な動力織機開発と試運転への熱気の中で生み出されたことを明らかにした。三井物産や産地問屋の豊田佐吉への支援は、知多綿織物業への全国的な注目の中で結果したものであった。
参照リンク:
口頭発表:研究発表 共通論題報告「鉄道企業家と地域産業」 盛岡電気工業・花巻温泉・花巻温泉電気鉄道-企業家と地域経済史- 単独 2004年12月 鉄道史学会第22回全国大会
長岡大学
 
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要旨:戦前、地域経済の発展を主導したのは、地域の資産家・名望家の工業化分野への参入であり、当初は企業家連合で推進されたが、その地域内競争により代表的な企業家が出現し、その企業集団が構成され、地域内への企業集積によって、地域経済を代表する産業がうみだされていくことを、盛岡電気工業の経営多角化のケースをとりあげ解明した。
参照リンク:
口頭発表:研究発表 知多綿織物業と力織機化 単独 2004年7月 愛知県史を語る会
(愛知県県史編さん室 主催)
 
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要旨:綿織物産地としての知多半島地域は、日露戦後にいちはやく工場化と力織機化をおしすすめたことで知られている。その要因として、豊田佐吉によって発明された動力織機を、機業家石川藤八が先駆的に採用したこと、竹之内商店などの産地問屋のネットワークの機能などを明らかにした。
参照リンク:
口頭発表:研究発表 [共通論題報告]下請動員生産システムの形成過程―三菱重工業・名古屋航空機製作所の事例― 単独 2003年8月 大阪産業創造館           経営史学会(関西部会大会)  
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要旨:笠井の報告は、戦後の下請システムの源が、歴史的には、戦時下の陸海軍による、航空機生産の効率的な運用を目指した、金属機械企業の、航空機製造企業の下請への強制的な編入にあったことを明らかにした。そこでは、日本的な大量生産システムが下請を不可欠とするという特徴があらわれていた。
参照リンク:
口頭発表:講演 航空機名古屋の展開と戦後民需転換 単独 2018年2月 名古屋市・北文化小劇場  
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要旨:航空機の博物館が東海地方で充実してきたことを念頭に、戦前の航空機の開発・製造の歴史と戦後の民需転換の中での航空機開発技術の継承について提示した。
参照リンク:
口頭発表:講演 軍需工業都市名古屋の民需転換 単独 2017年8月 愛知・名古屋 戦争に関する資料館・特別講座  
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要旨:主として三菱重工業名古屋航空機製作所で開発された零式艦上戦闘機の開発過程とその量産が中島飛行機によっても担当されたことを明らかにするとともに、戦後の航空機開発・製造の再開についてもふれた。総じて、陸海軍に翻弄された開発・製造過程を提示した。
参照リンク:
口頭発表:講演 戦前の名古屋地方工業史ー写真と地図を手がかりにー 単著 2013年10月 平成25年度熱田生涯学習センター後期講座  
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要旨:軍工廠と愛知時計電機を中心として発展してきた熱田区の工業の歴史についてとりあげた。
参照リンク:
その他 招待講演設定の趣旨について 単著 2009年7月 名古屋学院大学論集 社会科学篇 46-1 3
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要旨:
参照リンク:
その他 日本における流通の発達と近代的市場経済の成立 単著 2008年3月 名古屋学院大 
経済学部地域創成プログラム企業研究2
 
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要旨:近代日本における商業の歴史について 百貨店の登場 スーパーマーケツトの展開 そして コンビニエンスストアの出現を軸にして 概観した 併せて 名古屋市内における動向についてもふれた
参照リンク:
その他 下出文庫の価値と魅力―近代経済史研究から― (小論) 単著 2008年3月 愛知東邦大学地域創造研究所  
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要旨:東邦学園・愛知東邦大学が所蔵する創業者の下出民義の関係資料について、企業経営、地域経済に関係する分について、その一部を紹介した。
参照リンク:
その他 陸海軍技術者  (小論) 単著 2007年7月 日本産業技術史事典          思文閣出版 459-460  
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要旨:明治以降における陸海軍の技術者の形成過程とその再生産の歴史的な推移について概観した。
参照リンク:
その他 湯の山温泉と四日市鉄道―戦前における地域開発の担い手と運動に関する事例研究― 単著 2007年1月 名学大論集 社会科学篇 43-3 15-41  
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要旨:戦前における地域開発の運動に関する事例研究であり、温泉資源に着目した、あるいは、それを利用した地域開発を目指して鉄道を敷設しようとした三重県菰野村とその近隣の村々の名望家の運動は、四日市港の開港という大きな流れに連動しようとしたものであり、第一次大戦期の観光開発という全国的な動向を担うものでもあった。
参照リンク:
その他 知多綿織物業と力織機化(講演要旨) 単著 2006年3月 愛知県史研究 10号
愛知県
102-109  
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要旨:※業績報告書未提出
参照リンク:
その他 企業家と地域経済史―盛岡電気工業・花巻温泉・花巻温泉電気鉄道の事例から― 単著 2006年1月 名学大論集 社会科学篇 42-3 85-96  
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要旨:従来、地域経済史の分析方法は、日本資本主義の発展過程との関連を強く意識して行われてきているが、ここでは、地域経済の構造転換を主導する新たな企業家・企業グループの登場・編成過程に注目している。それ自体が、日本資本主義の構造転換の一環を構成することは、当然ではあるが、地域基盤の上に、新産業が構成されることを、岩手県のケースを事例に開明した。
参照リンク:
その他 盛岡電気工業・花巻温泉・花巻温泉電気鉄道―企業家と地域経済史―(報告概要) 単著 2005年12月 鉄道史学 第23号
鉄道史学会
78-79  
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要旨:盛岡電気工業が、第一次大戦以降に追及した経営多角化戦略が、歴史的な背景としての第一次大戦期のブームや、新産業の形成という時代背景の中で、岩手県地位という比較的後進においても地域工業化を担う企業群を次々と生み出していったことを明らかにした。
参照リンク:
その他 知多綿織物業の力織機化と豊田佐吉 単著 2004年10月 名学大論集 社会科学篇 41-2 1-20  
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要旨:豊田佐吉による織機の発明に関する社会経済史的な背景を解明しようとしたものである。
最初に発明した力織機である、木鉄混成の力織機が、当初の発明品と特許を取得した力織機とがかなり異なること、織物産地としての知多半田での試験操業の中で最終的に完成したこと、力織機の導入にかけていた知多織物業の事情を明らかにした。
参照リンク:
その他 書評「奈倉文二ほか『日英兵器産業とジーメンス事件』」 単著 2004年7月 歴史と経済              政治経済学・経済史学会 65-66  
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要旨:戦前に起きたジーメンス事件と同時代の海軍軍備と国内生産体制の変化との関連をとりあげた同書に対して、商社の代理店機能を海軍軍人が支えたことなどについてコメントした。
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その他 両大戦間期の下呂温泉と鉄道網の発達 ―温泉観光ブームの創出― 単著 2003年7月 名学大論集 社会科学篇 40-1 1-22  
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要旨:第一次大戦後の観光ブームは、従来の観光地が全体として享受した訳ではなく、鉄道網の発展に対応した観光地そのものの自己形成によってもたらされたものであった。下呂温泉は、高山線の建設過程で、私設鉄道による別ルートでの下呂温泉へのアクセスという競争条件と新たな経営戦略をもつ温泉旅館の出現によってブームを開拓することができた。
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その他 両大戦間期における豊川鉄道の経営多角化と観光開発 単著 2002年3月 名学大論集 社会科学篇 38-4 95-110  
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要旨:第一次大戦期に、私設鉄道は、乗客確保の戦略の一環として、都市と結ぶ路線での観光施設の開設に邁進する。豊川鉄道は、湯谷温泉に温泉施設を開設することで、湯谷温泉を復興させて、集客の拡大を実現したことを明らかにした。
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その他 平成13年度岩手中部・地域フォーラム 基調講演・パネルディスカッション記録集(基調講演担当) 単著 2002年3月 岩手中部地区広域市町村圏事務組合 6-17  
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要旨:観光地としての温泉の地域活性化は、大戦期の最初の温泉ブームにおける個性的な特徴づけの試みに学ぶべきことを強調した.。そこでは、地域の自然・経済資源の活用による温泉景観の宣伝が集客の拡大につながったことを明らかした。
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その他 戦後日本における情報通信産業の成立過程 単著 2002年1月 名学大論集 社会科学篇 38-3 61-76  
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要旨:戦後日本におけるコンピュータ産業の発展は、データ通信の発展によって、軌道づけられたものであった。旧日本電信電話公社の研究開発とオルガナイザーとしての役割は決定的であった。それは日本企業の国際競争力の源泉でもあった。
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その他 戦時下における航空機産業の研究開発と生産システム ―三菱・航空機部門の事例を中心にして― 単著 2001年1月 名学大論集 社会科学篇 37-3 93-104  
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要旨:戦時下における航空機産業は、技術開発の上でも、市場の上でも陸海軍への依存が決定的であった。ドイツへの依存による生産システムの発展は、限定的ではあるが、革新的な役割を果たしたことを明らかした。
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その他 1920年代における航空機産業の研究開発と生産システム ―三菱・航空機部門を中心に― 単著 2000年7月 名学大論集 社会科学篇 37-1 89-100  
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要旨:大戦間期における航空機産業が外国資本からの技術導入によって発展し、同時に科学的管理法による生産システムも導入されたことを明らかにした。
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 8 学外活動
 8-1 本学以外の機関(公的機関・民間団体等)を通 しての活動
就任年月 退任年月 機関名、役職名等
 8-2 学会・学術団体等の活動
種類 就任、受賞等年月 退任年月 内容(学会・団体名、受賞名、役職名等)

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