1 履 歴
フリガナ コウ メイジ 性別


 - 年 - 月 - 日
氏名 名時 男性
ローマ字
氏名
Koh Meijii
所属 国際文化学部 職名 教授
HPアドレス  
メールアドレス  qqpe9tu9k@lagoon.ocn.ne.jp
最終学歴・学位  1989年3月
東京大学大学院 人文社会系研究科 博士課程 中途退学
 系・分野・分科・細目表
 人文社会系
分野  人文学
分科  史学
細目  
フリーキーワード  中国文化史、日中文化交渉史、中国言語文化研究

 2 学歴・学位
年月

事     項

1984年3月 東京大学文学部 歴史文化学科 卒業[文学士]
1987年3月 東京大学大学院 人文社会系研究科 修士課程 修了 [文学修士]
1989年3月 東京大学大学院 人文社会系研究科 博士課程 中途退学

 3 職 歴
年月

事     項

1988年4月 中国社会科学院 歴史研究所 研修員(~1989年3月・於北京)
1989年4月 名古屋学院大学 外国語学部 中国語学科 専任講師(~1993年3月)
1990年4月 京都産業大学 教養部 非常勤講師(~2000年3月)
1991年4月 名古屋外国語大学 外国語学部 中国語学科 非常勤講師(~2004年3月)
1992年4月 関西学院大学 商学部 非常勤講師(~1993年3月)
1993年4月 名古屋学院大学 外国語学部 中国語学科 助教授(~1999年3月)
1996年4月 米国)カリフォルニア大学 ロサンゼルス校(UCLA)招聘研究員(~1997年3月)
1997年9月 名古屋学院大学大学院 外国語学研究科 マル合助教授(中国言語文化研究)[文部省大学院設置審議会 教員組織審査判定]
1998年4月 名古屋学院大学大学院 外国語学研究科 中国語学専攻 助教授(~1999年3月)
1999年4月 名古屋学院大学 外国語学部 中国語学科 /中国コミュニケーション学科 教授(~2020年3月)
1999年4月 名古屋学院大学大学院 外国語学研究科 中国語学専攻 教授(~2011年3月、2009年3月まで専攻主任)
2001年4月 名城大学 経営学部・経済学部 非常勤講師(~2003年3月)
2003年9月 中国)陝西師範大学 国際漢学研究所 客員研究員(~2006年9月)
2008年9月 中国)南開大学 語言研究所 客員研究員(~2011年9月)
2009年4月 名古屋学院大学大学院 外国語学研究科 国際文化協力専攻 教授(~現在)
2009年4月 名古屋学院大学大学院 外国語学研究科 国際文化協力専攻 専攻主任(~2019年3月)
2010年4月 中京大学 国際教養学部 国際教養学科 非常勤講師(~2019年3月)
2012年12月 中国)陝西師範大学 国際漢学院 客員教授(~2019年5月)
2012年12月 中国)陝西師範大学 国際漢学研究所 研究員(~2019年5月)
2015年4月 名古屋学院大学 国際文化学部 国際文化学科 教授(~現在)
2017年4月 名古屋学院大学大学院 外国語学研究科 研究科長(~2019年3月)
2019年4月 中国)南開大学 文学院 Visiting Scholar(~2019年9月)
2019年5月 中国)陝西師範大学 人文社会科学高等研究院 特聘研究員(~現在)
2021年4月 名古屋学院大学大学院 外国語学研究科 研究科長(~現在)
2021年4月 名古屋学院大学大学院 外国語学研究科 国際文化協力専攻 専攻主任(~現在)
2021年4月 名古屋学院大学 国際文化学部 学部長(~現在)

 5 研究分野・内容
 5-1 研究分野・内容(記述式:350字以内)
中国の歴史文化と文化遺産
隋唐の文化と歴史考古
中国古鏡の文化史
北京語の異読の実勢
中国の言語と中国語教授法
日中対照言語・日中比較文化
 5-2 研究課題(今後の展開・可能性を含む)(記述式:350字以内)
中国と東アジア周辺国との文化交渉史
遣隋・遣唐使時代の中国と日本
中国古今東西南北の文化史
唐宋鏡と和鏡
漢語共通語の正音の行方
歴史学と文学のシンクロ統合
 5-3 研究助成等
区分 年月 名称・題目・機関名等
学内 1990年4月 中国事情研究会(共同)~2001年3月
学内 1996年4月 地域情報データベース研究会 中国総合情報マルチメディア・データベースの構築に関わる基礎的研究(分担)
科学研究費補助金 1993年4月 中国に関わる総合的情報のマルチメディアによる体系的整理(分担)
科学研究費補助金 1994年4月 中国に関わる総合的情報のマルチメディアによる体系的整理(分担)
科学研究費補助金 1995年4月 中国に関わる総合的情報のマルチメディアによる体系的整理(分担)
科学研究費補助金 1996年4月 中国に関わる総合的情報のマルチメディアによる体系的整理(分担)
科学研究費補助金 1997年4月 中国に関わる地域総合情報の体系的整理-西藏・新疆地区での調査に基づく情報の体系的整理-(分担)
科学研究費補助金 1998年4月 中国に関わる地域総合情報の体系的整理-特に内蒙古自治区に関わる地域総合情報-(分担)
 5-4 資格・特許等
年月 名称

 6 研究業績
 年度  種類  
種類 著書、学術論文、テーマ等の名称 単著、
共著等の別
発行又は
発表の年月
発行又は発表
雑誌等又は発表
学会等の名称
該当頁 PDF
著書:編纂書 漢語街 共著 2003年3月 白帝社  
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要旨:本書は中国語の初級用テキストとして編纂した全23課からなる教材である。構成は、発音・文法・場面・総合の4部に大きく分けてある。文法・重要事項を示したポイントに従って学習者が自ら課題を解いていく作業型のドリル形式になっている。各課は学習者の身近な日常生活をテーマにして、自分の体験や考えに基づいて積極的に発言し会話できるように工夫をした。サスペンスストーリーやユーモアを織り交ぜ、単語や発音に関するクイズなども多数取り入れてある。シリーズの「文化ガイド」で中国事情を紹介するコラムを設け、中国を身近に感じ、言葉や語彙、文化について総合的に楽しく学べるようにした。
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著書:編纂書 霜紅 中国語会話 中級 共著 1997年5月 晃洋書房  
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要旨:本テキストの本文は、卑近な日常生活の一コマ一コマを中国語の会話形式によって書き表したものである。バックグラウンドとなる日本・中国・アメリカでの身近な出来事を平易な会話文で以て構成し、各課にポイントとなる新出語句と関連説明を配置してある。特に「相似詞」と「相反詞」の習得をレベル目標においた中国語学習の中級教科書として編纂した。
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著書:編纂書 中文課本 己 共著 1997年4月 晃洋書房  
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要旨:本書は共著『中本課本 乙』を底本に再編した初級者向けのテキストである。中国語を学ぶ日本人学生を主人公にした会話体の本文は生徒の興味をそそる内容構成であり、恰好の教材になる。前半の各課本文はローマ字の発音表記のみとし、後半各課では初出時のみ発音記号を付した。巻末の「詞彙索引」は、本書で使用した単語と黃當時著「日本の中国語教育における基本語彙」(『文学部論集』第81号、佛教大学文学部、1997年)掲載の基本語彙との両者を合わせて発音順にまとめたものである。
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著書:編纂書 改訂版 中文課本 乙 共著 1990年4月 晃洋書房  
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要旨:本書は大学で初めて中国語を学ぶ人達を対象に編纂したテキストである。会話体の実用的な長文は、よく見られる短い会話形式の初級教科書と趣を異にする。例文にはピンインを多用し、音声面での力をつけるのに都合がよいようにした。今回の改訂は、実用の観点からテキスト本文の一部を書き改めたほか、学習者が使いやすいように編集の手直しを加えた。
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著書:編纂書 中文課本 乙 共著 1989年4月 晃洋書房  
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要旨:本書は大学などで初めて中国語を学ぶ学生を対象に編纂したテキストである。会話体の実用的な長文は、よく見られる短い対話形式の初級教科書と趣を異にする。例文にピンインを多用し、音声面での力をつけるのに都合がよいようにした。巻末の「外国人实用汉语常用词表」は北京語言学院編纂の同表の中に収められた最常用単語1000余を取り出したものである。
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著書:編纂書 十二個北京人 共著 1987年8月 晃洋書房  
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要旨:本書はアメリカ国内発刊の新聞 『美洲華僑日報』 に連載された作品群「北京人」の中から十余編を取り出して日訳したものである。中国語文と日本語文との対照形式を用い、中国語の中・上級向けの教材として編纂した。各編の全訳のほかに、参考となる関連記事を付してある。中国の街頭でのインタビューをもとに書かれたこれらの作品を読むことによって、中国人が何をし、何を考え、何に苦悩しているのかを知る手がかりが得られよう。
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著書:編纂書 中国語読本 共著 1985年4月 晃洋書房  
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要旨:本書は中級程度の中国語学習者のために編んだテキストである。採用した文章は上海発刊の夕刊紙『新民晩報』の“薔薇”欄に掲載された記事であり、トピックス34編を選定して400字程度に編集し直した。ここには庶民の実生活の様々な場面が興味あるゴシップ調でユーモラスに描かれており、読者はそこから中国人の風俗・習慣・人情を垣間見ることができよう。各編の本文から重要文型・構文・慣用表現を抽出してその具体的用例を列記し、文法の習得に配慮したほか、練習問題も附してある。
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著書:編纂書 中国語故事 共著 1983年4月 晃洋書房  
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要旨:本書は中国刊行の4種の書籍と1種の新聞から、学習意欲がわくような内容の短編物語をバラエティーに30編集録したものである。発音重視の観点から本文にピンインを附し、読みやすく意味がとりやすいように表記法の分かち書きに工夫を凝らしてある。「参考」と「翻成中文」「翻成日文」の練習問題をつけたほか、巻末には本文の主要単語の語釈が検索できるように語彙索引を附した。
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著書:編纂書 京都觀光(中・日文) 共著 1978年7月 京都府日本中国友好協会「中国語講座」  
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要旨:歴史と伝統の街京都は古より中国から多大な影響を受け、中国との文化的繋がりは日本のなかでも最も強い東アジア文化都市として知られる。本書はこのような京都を訪れる中国人旅行者の便を考えて編纂した京都観光案内冊子である。京都の神社・寺院をはじめとする名所旧跡と祭を中心とした年中行事を紹介した日本語文に中国語訳を附し、日中両言語の対照形式とした。これは中国人観光客の京都理解のための基本ガイドとなることを意図したものである。
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著書:編纂書 中国語会話 ―初級― 共著 1977年6月 晃洋書房  
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要旨:本初級テキストには、中国語の短文と実用会話文の2種類を挙げ、段階的にスムーズに学べるように工夫をした。内容は親しみのもてる覚えやすいものを中心とし、そのまま実際の会話に使えるのが本書の特徴である。関連の語句を多数例示し、練習問題も附してある。無理なく聴けて話せる中国語の学習に役立つ実用入門書として編纂した。
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著書:辞書・辞典 中国文化史大事典 共著 2013年4月 大修館書店  
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要旨:『中国文化史大事典』の中国考古学関連の「鏡」に関する全項目について、近年の研究成果と情報を取り入れて執筆。見出し語は、卑弥呼の鏡とも言われる日本出土の「三角縁神獣鏡」のほか、「鏡」「漢鏡」「戦国鏡」唐鏡」「海獣葡萄鏡」「画像鏡」「春秋鏡」「神獣鏡」「隋鏡」「宋元鏡」「位至三公鏡」「山字文鏡」「四神鏡」「昭明鏡」「瑞花鏡」「清白鏡」「草葉文鏡」「透光鏡」「日光鏡」「八稜鏡」「八花鏡」「蟠螭文鏡」「方格規矩鏡」「仿古鏡」を含む全25項目を収録。
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著書:その他 粤風詩筒 第6号 共著 2014年11月 諸橋轍次博士記念漢詩大会実行委員会 編集・発行(諸橋轍次記念館)  
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要旨:本漢詩大会の趣旨は、漢学者であり詩人でもあった諸橋轍次博士の遺徳を偲び、日本の漢詩実作文化の衰退に歯止めをかけ、さらに次世代の実作文化の継承を促進することにある。本年の「第六回 諸橋轍次博士記念全国漢詩大会」で筆者は審査委員長を務め、表彰式では審査講評とともに受賞作の朗誦を行った。作品集『粤風詩筒』(入選数646首)に漢詩作品の選評と、審査員詠草として筆者の拙作「七絶彙聚有感」詠懐詩一首:「漢學之鄕松翠園,有緣千里赴吟團,古詩朗誦人人異,攜手發揚唱和圈」を載せてある。今般の漢詩大会には、日本各地・中国・台湾から幅広い世代の計697名が参加し、818首もの漢詩作品が寄せられた。自由題の七言絶句は詩題もバラエティ豊かで多岐にわたる。春夏秋冬・天地日月・花鳥風月・喜怒哀楽など様々な詠物詩や詠懐詩が見られ、内容は実に多種多様である。時に日本の時事トピックスを題材としたものもあり、総じて和風の味わいある詩歌が多数詠まれている。漢詩大会の一環である流觴曲水の庭園の宴では、筆者も柏梁体句作りに加わった。韻字は「梧」で、「鳳凰棲息在碧梧」の一句を詠む。筆者がその日の感慨を詠った七絶は「觀觴亭偶作」:「紅葉粤風雨轉晴, 青苔遍地顯詩情, 三三五五裝凰鳳, 曲水流觴佳作盈」である。
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著書:その他 粤風詩筒 第5号  共著 2013年11月 諸橋轍次博士記念漢詩大会実行委員会 編集・発行(諸橋轍次記念館)  
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要旨:本年、「漢学の里」の「諸橋轍次記念館」において、諸橋轍次博士生誕百三十周年を記念して開催された「第五回 諸橋轍次博士記念全国漢詩大会」で筆者は審査委員長を務め、表彰式では審査講評とともに受賞作朗誦を行った。このほか流觴曲水の宴で柏梁体句作りにも加わった。作品集『粤風詩筒』(入選数597首)に漢詩作品の選評と、審査員詠草として七絶「萬古長青」一首を載せてある。本大会には日本各地・中国・台湾から幅広い世代の計673名が参加し、765首もの漢詩の作品が寄せられた。自由題の七言絶句は詩題も多岐にわたり、詠物詩・詠懐詩・情感詩・哀傷詩・懐古詩・遊覧詩・贈答詩など多種多様。時に中国古代の漢詩の世界を詠ずるもの、時に時事トピックスを題材としたものもあり、総じて和風の味わい深い詩歌が多数詠まれている。総評として選者の七絶「漢詩佳作」を「選評」の末尾に付した。一首は「漢詩習作愈頻繁, 努力鑽研不厭煩, 找出恰詞成麗句, 更加發展鞏吟園」。
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著書:その他 中国語出題文法ガイドライン 共著 2009年3月 『センター入試中国語検討委員会 最終報告書』 センター入試中国語検討委員会編(独立行政法人 大学入試センター)  
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要旨:2年間、合計約240時間に及ぶ討議をへて取りまとめた中国語検討委員会の最終報告書。「高等学校の中国語学習のめやす」や日本中国語教育学会試案「中国語初級段階の文法ガイドライン」等を参考にしながら、外国語教育の一環としての中国語教育現場の状況も勘案しつつ、具体的題材を一つ一つ検討して得た成果。教育現場で求めるべき項目を具体的に示したものであり、報告書には根幹をなす「文法ガイドライン」のほかに「呼応表現と固定形式に関する資料」、「コミュニケーションに関する資料」及び「多義語・同形異義語に関する資料」を作成して付してある。
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著書:その他 栄浦第一遺跡 共著 1985年3月 東京大学文学部考古学研究室・常呂研究室 編(東京大学文学部)  
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要旨:本書は東京大学文学部考古学研究室・常呂研究室が北海道常呂川下流域の「栄浦第一遺跡」で行った発掘調査の報告書である。縄文文化の終末に、本州以南に中国大陸文化を受容した弥生文化が成立したが、北海道では金属器はもつが稲作農耕を伴わない続縄文文化が続いた。それは後に蝦夷・アイヌ文化へと発展していく文化である。「栄浦第一遺跡」で行われた続縄文時代の住居址とピットの調査のうち、筆者は1982年の発掘調査に調査参加者として携った。フィールドワークの踏査・測量ならびに発掘調査を行うとともに、遺跡・遺構の写真撮影および遺構・遺物の実測と発掘調査の報告・記録などにあたった。
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学術論文 日中の死生観の比較研究考 共著 2019年1月 名古屋学院大学論集 人文・自然科学篇 第55巻 第2号 1-15
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要旨:日中間で文化的価値観や文化的観念・文化意識において違いがあることは夙に指摘されるところである。小論では,両者の観念的相違が相当に認められるものの一つとして日中の死生観を取り上げ,双方の意識の比較研究を通してそれぞれの文化的特質について考究した。ここでは具体的に生と死に関して,歴史的生存観や生き方をはじめ衣食住などを考察し,つづいて死に対するそれぞれの考え方を分析した。祭祀や墓地に対する意識,死生観を形成する要因,特に仏教と伝統文化からの影響についても論じた。
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学術論文 隋唐時代の鏡文化(1) ―銘文鏡の特徴とその盛衰をめぐって― 単著 2014年3月 名古屋学院大学論集 言語・文化篇 第25巻 第2号 1-15
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要旨:隋・唐初期における銅鏡の銘文の基本的スタイルは駢文体の四言の韻文であるが、多種の銘があり四六の長短句もある。また、平仄を整えた四言古詩のほか、五言古詩と五言絶句もみられる。唐中期の盛唐時期には基本的に鏡に銘文を入れる風習はみられないが、いくつか例外的な鏡例がある。ここには一定のパターンがなく、伝統的スタイルから離れた独特の様相を呈している。晩唐期に至ると駢儷体銘が復活し、四言句の複数のパターンがあるほか、長短句と四言・五言の古詩が鋳出された。銅鏡においては唐王朝の繁栄とともに銘文の製作が放棄され、鋳鏡にあたっては図像に重きが置かれた。銘文鏡の盛衰は唐の国力の消長と対外交渉の進退を象徴するかのようである。
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学術論文 『普通話異讀詞審音表』の審音背景 ―北京語の異読の実勢―  単著 2004年3月 『平井勝利教授退官記念 中国語・日本語学論文集 』 記念論文集編集委員会編 白帝社 113-139  
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要旨:筆者はかつて『普通話異讀詞審音表』の審訂結果に疑問を抱き、審音の基準や異読の実態を把握するため100人近くの北京居住の“北京人”(北京生まれの北京育ち)を被験者として直接発音の聞き取り調査を行った。その後、1997年に徐世榮著『普通話異讀詞審音表釋例』が刊行され、審音の事情や審訂の背景を幾分知ることができるようになった。本稿は筆者の異読調査の結果と、『普通話異讀詞審音表』および徐氏の『普通話異讀詞審音表釋例』とを対照しつつ異読音の審音背景を考察し、「正音」をめぐる種々の問題点の所在を指摘したものである。
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学術論文 桃花再生の詩物語『崔護』における孟棨の心裏 単著 2003年3月 名古屋学院大学論集 言語・文化篇 14-2 101-110  
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要旨:本稿は唐代の伝奇小説『人面桃花』(『太平廣記』は『崔護』と称す)を取り上げ、作者の心裏を探り、従来と異なる解釈を提示するとともに、作者のもう一編の作品である『破鏡重圓』との比較分析により両編の共通点を考察したものである。主人公である才子と佳人双方のそれぞれの愛とその背景の分析を行い、両サイドからの視点の対比をとおして見える『人面桃花』の“実像”を追求した。続いて『破鏡重圓』との対照によって、二つの作品の共通手法を明らかにした。
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学術論文 アメリカの漢語学習の環境と課題 ―南加州の大学を中心として― 単著 2000年3月 名古屋学院大学論集 言語・文化篇 11-1・2合併号 55-74  
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要旨:小稿は筆者のアメリカにおける学校での調査と現地入手の資料に基づき、南カリフォルニアの中華学校の近年の動向と、大学の中国語(漢語共通語)の学習環境、教育の実態および現有の課題を中心にその具体的状況を考察したものである。アメリカ国内の90年代における中国語学習熱は過去のものと比べて極めて多様であり、中国語教育はその規模・内容・質のいずれの面においても目覚しい発展を遂げてきた。1995年には中国語が合衆国の大学の12の外国語のなかで履修者がもっとも激増する言語にまで成長している。
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学術論文 アメリカの華人子女の華語学習 ―中華学校と大学のはざまで― 単著 2000年2月 『中国語・中国語教育法の研究―名古屋外国語大学研究叢書 第3輯―』 名古屋外国語大学中国語教育法研究会編  
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要旨:本稿は1999年5月の日本中国語学会・東海支部例会で口頭発表した際の草稿(「アメリカ在住華人の華語学習 ―中華学校と大学の中国語―」)に修正と改編を加えたもので、筆者の米国カリフォルニアにおける中国語教育の実情調査に基づく研究成果である。米国加州の中華学校は台湾出身者の創設にかかるものが多く、中国語(華語)の学習において台湾の教科書・注音符号・繁体字を用いている。しかし米国内ではほとんどの高校や大学ではすでに中国本土のピンインを使っているため、中華学校でも全体としてピンインや簡体字に切り替えるべきだという意見が益々強くなっている。大学での中国語履修者は激増しており、学校現場では教材の開発や教師の養成などが急務であり、重要な課題となっている。
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学術論文 内モンゴルにおける言語の使用状況と漢語教育について 単著 1999年3月 平成10年度文部省科学研究費補助金 研究成果報告書「中国に関わる地域総合情報の体系的整理」(名古屋学院大学) 53-75  
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要旨:本稿は中国内蒙古(モンゴル)自治区の言語の使用状況と漢語教育の実態について、筆者が自治区内の各地で現地調査し観察した状況と、関連する中国側の調査報告と文献資料の両者に基づいてその実情を紹介したものである。内蒙古自治区のモンゴル族の言語の使用状況は、モンゴル語主体の遊牧地区、モンゴル語と漢語が併用される農業地区、漢語に転換した都市部の三つに分けられる。草原のモンゴル族については学校でモンゴル語による授業が行われ、漢語の教育は小学3年次から追加されるという。一部の農村や都市では逆に漢語の授業を行いモンゴル語の補習が行われている。また、モンゴル語が主言語になっている地域では、漢民族がモンゴル語を習うケースも見られる。
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学術論文 西藏と新疆の辺境自治区における漢語教育の現状と課題について 単著 1998年3月 平成9年度文部省科学研究費補助金 研究成果報告書「中国に関わる地域総合情報の体系的整理」(名古屋学院大学) 47-68  
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要旨:中国の西藏(チベット)自治区と新疆維吾爾(ウイグル)自治区は漢語の教育と普及が遅々として進展していない少数民族居住地区である。本稿では当該地域のチベット族やウイグル族の漢語学習の現状と課題について、筆者のラサとウルムチでの現地調査で得られた観察状況を紹介しつつ、中国公表の調査報告と文献資料によってその実情を探ってみた。少数民族の漢語教育はまず小中高に重点をおくべきとの中国現場の声があるが、教学体制・教員養成・教育方法・教材編纂の改革改善など、解決すべき課題は少なくない。だが、当該の辺境地区は歴史的政治的背景ともかかわって深刻な民族問題をかかえている地域であり、漢語の教育と普及にあたってはそれぞれの民族感情に配慮した慎重な対応が求められる。
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学術論文 日本語音声を用いた中国語発音習得法試案 単著 1997年4月 名古屋学院大学外国語学部論集 8-2 33-50  
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要旨:本試案は日本人初学者の中国語音節習得のためのアプローチ法の一つとして提示したものである。発音学習の基礎の段階で扱う「中国語音節表」の400余の音節について、日本人学習者の発音習得上の難点になっている音節を重点的に取り上げた。中には実際の原音を正確には表し切れない部分があるものの、日本語の近似・類似の音声を最大限活用して各発音の説明を試みた。
参照リンク:
学術論文 民族・言語・文化情報を中心とする中国の地域総合情報の体系的整理 共著 1996年9月 文部省科学研究費補助金 研究成果報告書「中国に関わる総合的情報のマルチメディアによる体系的整理」(名古屋学院大学・南開大学共同研究会)  
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要旨:学際的な共同研究によって中国の地域総合情報モデルを完成させるための出発点として、そのフレームワークを提示。整備すべき主な情報項目には、基礎情報(民族分布、民族別生業、民族の融合、言語分布、文化と文化変容);派生情報(民俗・伝統文化、言語集団、異民族間婚姻、外来文化、家族制度);地域属性情報(自然条件、土地利用形態、経済活動、人工分布、社会組織)等々がある。
参照リンク:
学術論文 關於助詞“了”的語義、語用淺説 共著 1995年10月 名古屋学院大学外国語学部論集 7-1 59-67  
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要旨:現代中国語における助詞“了”の意味とその用法は実に厄介なものである。それは主としてその表意機能の融通性と多様性に原因がある。助詞“了”は異なる文構造のなかで全く違う意味を有するが、時には同じような文構造のなかであっても、その意味が明らかに異なることがある。小稿では“了”の意味と用法の関係を明らかにするために、その特徴と法則に着目した。詰まるところ、それは“了”の文中における位置にかかわっている。小稿では助詞“了”を伴う文構造の特徴に基づいて3種に分類し、且つ各種類に含まれるべき文型を整理してみた。3種とは“了”が動詞の後ろに出てくる場合、“了”が文の末尾に出てくる場合、および“了”が動詞の後と文末に同時に出てくるケースである。[中国語論文]
参照リンク:
学術論文 普通話異讀詞的北京語音 単著 1995年9月 『國際漢學論壇』〔巻二〕 西北大學出版社(中国) 491-526  
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要旨:漢語共通語“普通話”は発音の標準を北京語音に依拠しているが、もとより北京語には数多くの異読音があり、それゆえ両者の間には発音の一致しないものが現実に多数ある。筆者は先に、この“普通話”標準語音と北京語音“京腔”との現実の相違を把握するために、現代漢語共通語の口語常用語彙を材料として実際に北京居住の“北京人”(北京生まれの北京育ち)約100人から直接その発音を聞き取り調査し、取材結果の統計データを基に「北京語常用異読語彙表」を作成した。小稿は“普通話”異読語に関する北京語音の調査データを中国の学者等にも伝え、中国で“普通話”の中の不合理な発音について一日も早く再修訂が行われ公布されることを願って筆者の研究成果を全面的に中国語に書き改めたものである。今回の執筆紹介にあたっては、一部の資料の追加と遺漏の補正およびデータの誤植訂正のほか、北京語音に関する近年の関連書目の補筆を行った。[中国語論文]
参照リンク:
学術論文 亡き鏡軒主人にささぐ  「破鏡(重圓)」の伝承とその習俗 ―漢六朝隋唐の副葬半折鏡―               単著 1995年4月 名古屋学院大学外国語学部論集 6-2  黄濟清教授/Philip E.Williams教授 退任記念号 201-229  
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要旨:本稿は中国語の常用語である「破鏡(重圓)」の用語のルーツとその実際の習俗について考究し、古代中国人の破鏡に対する考え方の一斑を追究したものである。破鏡の原義をたどるために、まずその伝承にかかわる『神異経』の故事と『楊素』の伝奇を分析し、つづいてそのような“鏡を破る”風習が実際にあったかを考えるために漢・六朝・隋唐の古墓に副葬された半折鏡を分析した。これによって明らかになったことは、鏡の半片を互いに持ち合うその意味合いは意外に重く、それは離散離別夫婦の変わらぬ愛情の証であり、二人の再会と団円を強く願うものである。墓域における破鏡の使用例は「破鏡重圓」の伝説が実際に習俗として存在していたことを明確に示している。
参照リンク:
学術論文 北京語音と“普通話”標準語音 ―北京語常用異読語彙の調査研究― 単著 1992年4月 名古屋学院大学外国語学部論集 3-2 91-116  
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要旨:本稿は北京市“三環路”内の都心に居住する“北京人”(北京生まれの北京育ち)を対象とした異読音の調査研究である。意図するところは35年来、共通語“普通話”の規範化・標準化が強力に推進されてきた中で、“北京人”の中の標準語音の定着状況と北京なまり・北京語音の使用の実態を把握し、これを基に標準語の正音の在り方を考えることである。本稿を通して、どのような異読音が規範化に成功したか或いはしなかったかが単語別に捉えられるが、現実に同一語であっても幾つかの語音が同時存在していることがあり、日常の話し言葉において発音の単調でない現状が明らかになった。このことは却って標準語音の普及活動が北京において未だ完全に浸透せず、語彙によっては、むしろ民間で話される異読音が依然として根強いことを示している。“普通話”の規範化は現在も進行中であり、今後も実情に合った一部の北京語音が重視され採用されて、それが標準語の正音として定音化していくと筆者は予測している。その有力候補になるものは、標準語音との比較対照の成果として作成した筆者の「北京語常用異読語彙表」から窺われる。
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学術論文 唐代の天子鏡 ―その盛行年代を中心として― 単著 1991年6月 『竹田晃先生退官記念 東アジア文化論叢』 竹田晃先生退官記念編集委員会編 汲古書院 255-277  
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要旨:本稿は中唐白居易の「百錬鏡」詩に歌われた飛龍の鏡である「天子鏡」を取り上げたものである。筆者のこれまでの唐鏡研究を基に新たに近年の中国の発掘報告等を渉猟して、この鏡に関連する詩文・史書の文献史料ならびに考古資料の両者を駆使し、主としてこの鏡のより細密な盛行年代を追求すると同時に詩人の「天子鏡」に対する諷意にも注意を払い考察を行った。その結果、特殊な鋳造になるこの皇帝特別の鏡は揚州で製作されたものが多く、とりわけ「千秋」の銘が入った鏡は開元17年(729)から天宝7年(748)の間に玄宗の生日「千秋節」を祝賀するものとして鋳造されたものであろうと推測される。この鏡の流行年代の解明によって、元和4年(809)の「百錬鏡」詩に歌われた天子鏡が中唐の「皇帝の鏡」を意味するものではなく、さかのぼって盛唐の飛龍鏡を指すものであることが明らかとなる。また詩人が天子鏡を皇帝への賛美としてでなく、むしろ玄宗個人への痛烈なる批判・諷諭として詠じていることを指摘したが、このことは玄宗と楊貴妃の物語を詠った元和元年(806)の「長恨歌」とともに、玄宗皇帝の悲劇を後世への鑑戒にしようとした白居易の意図がここに読み取れ、この両詩を諷諭詩とみる上で一つの材料を提供することになると思われる。
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学術論文 唐代における鏡の研究  単著 1986年12月 修士論文 (東京大学大学院)    
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要旨:本稿は唐代の人々の鏡に対する意識や観念を考えるために、まず考古資料としての唐鏡の出土状態を検討し、更にそれら出土唐鏡の様式と銘文および文献史料など多方面から複眼的多角的に考察を行ったものである。唐代の鏡が化粧の具としての外に霊器的観念をもって扱われた墓域埋納の実例があることを指摘するとともに、鏡の文様と銘文には吉祥のみならず時代により神仙思想や道教などの色彩が多く反映されていること、また詩歌にも現実の生活に鏡が詠われ、説話には鏡の霊威に関する物語が展開されていることを考究した。
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学術論文 唐の盤龍鏡 単著 1985年6月 《中文教学》No.9 日中学院教学委員会編 日中学院出版局  
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要旨:本稿は筆者の学士論文「唐鏡研究序説 ―雲龍鏡とその周辺―」(東京大学文学部)の一部の概要紹介である。盤龍鏡が唐代の詩人たちによってどのように描写されたかを詩文の中にその様相を探究し、つづいて詩文に詠まれた盤龍鏡の実像を今日見られる出土唐鏡と伝世鏡の中に求め、さらに龍図の分類を試みた。詩文など文献史料から盤龍鏡の年代考証を行ったが、ここから得られた年代が出土資料の年代とほぼ符合する事実を明らかにした。
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学術論文 唐鏡研究序説 ―雲龍鏡とその周辺― 単著 1984年1月 学士論文 (東京大学文学部)  
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要旨:本稿は唐代における雲龍鏡を取り上げ、主として唐鏡の年代と様式を整理する中で、この鏡のもつ性格とその社会的役割を考えたものである。唐の雲龍鏡が実は漢代や六朝時代の盤龍鏡から発展して出てきたものであることを指摘し、唐代においては特に皇帝や王侯貴族と深く関わるところで成立し存在していた状況を見出し、この鏡が高揚した唐代文化を表徴するものであることを考察した。
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学術論文 劉夢得研究 ―其人其詩其思想― 単著 1980年1月 修士論文 (東京都立大学大学院)  
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要旨:本稿は、唐代の詩人であり思想家である劉禺錫の代表的詩文の陰に隠れた文人の生き方に焦点をあて、その人生観と政治思想の一斑を解明しようと試みたものである。劉禺錫が当時流行していた神仙思想に興味を示したのは僅か一時期であり、むしろ自己の抱く政治の理想を社会の中に実現したいという願望が終始脳裏を離れることがなかったことを考察した。但し、その改革思考も詰まるところ儒家思想の範疇を大きく出るものではないことを考究した。[中国語論文]
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学術論文 岑嘉州研究 ―其邊塞詩之意境― 単著 1976年12月 学士論文 (立命館大学文学部)  
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要旨:本稿は唐代の詩人岑参の辺塞詩を解析し、独自の境地を切り開いたその詩風の性格を考究したものである。岑参の詩境とは、即ち現実の体験と空想の世界を融合させ、新しい語句と形式で詠ったところにその特質があり、その背景には日頃から珍奇な事物を愛好する詩人のこころがあることを分析し考察した。また、その詩風の形成には前時代の、特に六朝時代の詩歌が大きな影響を与えていることを指摘した。[中国語論文]
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学術論文:研究ノート 麗江の古楽 ―雲南に残る唐の音楽と奇才―  単著 2004年7月 名古屋学院大学論集 人文・自然科学篇 41-1 27-36  
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要旨:雲南省ナシ族の古楽の中心は唐宋以来の詞や曲牌の音楽である。古の唐宋音楽は後に道教に借用されて科儀音楽として継承され、中原では早くから失われたものが麗江で代々伝えられ保存されてきた。今日、麗江の大研古楽会によってその復元が進みナシ族の音楽としてクローズアップされているが、その中で重要な役割を果たしたのがナシの奇才とうたわれる宣科氏である。氏の功績によってナシ族の伝承や道教音楽・唐宋音楽が明らかとなり、中国の古代音楽史はもはや“無声の音楽史”ではなくなっている。氏の新学説は音楽史のみならず、人類学・言語学・宗教学・考古学などの学術研究にとっても重要な意味をもつ。(筆者は2001年秋に麗江で宣科氏と会った折に、大研古楽会による生演奏を直に拝聴した。)
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学術論文:研究ノート 京都女子大学文学部 講義ノート 単著 1982年4月 鏡軒学院 中国語教室(京都)  
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要旨:1974年4月以来7年間有余の筆者の中国語教育の実践経験をふまえ、中国語教授法研究の集大成として纏めた研究ノート。筆者の京都女子大学文学部における「中国語」講授にも生かすべく、大学の講義用ノートとして再編したものである。講義ノート各篇には別途、平易な親しみやすい中国語文とその文法事項のほか、関連する語彙・語句・例文を豊富に用意するとともに、補習用の練習問題とその解答例も準備した。初学者が中国語の基礎を一歩一歩無理なく身につけられるように意を用いた。
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学術論文:ディスカッションペーパー 民族・言語・文化を中心とする中国の地域総合情報の体系的整理 共著 1996年7月 名古屋学院大学 産業科学研究所 Discussion Paper No.36  
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要旨:広範な研究領域にわたる多数の研究者による学際的な共同研究によって中国の地域総合情報モデルを完成させるための出発点として、民族・言語・文化を中心にそのフレームワークを提示。本論では、1)民族の分布・融合、2)漢字・漢語の伝播と漢字文化圏の拡大、3)文化、4)宗教、5)技術、について論述しまとめてある。
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翻訳 中国陜北楊家溝村民の財産をめぐる共通意識 単著 2001年7月 『日・韓・中における社会意識の比較調査』 佛教大学総合研究所紀要 2001別冊  
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要旨:訳者の手掛けた羅紅光著「中国陜北楊家溝村民の財産をめぐる共通意識」は、佛教大学総合研究所による社会科学部門共同研究「日・韓・中における社会意識の比較調査」の成果の一つとして発表された研究報告論文である。ここでは主として以下の課題について分析している。1982年、中国全土の大きな情勢変化とともに、内陸部の陜北楊家溝村においても「共同請負責任制」が人民公社の管理モデルにとって代わった。このような新たな環境の中で、楊家溝の村民は自己意識をどのように求めたのか、また、どのように自己意識を認識したのかという新たな課題に本論文は取り組み、楊家溝村民の家族経済に着目して、彼らが家族経済を如何に処理するのかを考察し、その共通意識の表現メカニズムを解明している。
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翻訳 「整骨の神医:包金良」(7) 共著 2000年7月 名古屋学院大学論集 人文・自然科学篇 37-1 53-60  
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要旨:本稿は6回にわたる本翻訳の後書きである。包金良先生の治療方法は訳者(黄)が中国で接した気功師のなかでも特異なものであり、ここにモンゴル族の独特な伝統療法の一端を窺うことができる。原著の『正骨神医包金良』には附録として「蒙古族内氣功功理功法」と「包金良氣功治病病例」の二編が載せられている。ともに訳出し、モンゴル族の間で代々伝えられてきた気功の治療方法とその臨床例を知るための資料をここに提供したい。1988年に北京において訳者(黄)は包金良先生から直に施術を受けたことがあるが、当時、共に包先生の診療所に出入りし、その治療状況をつぶさに観察した張榮國女史の手になる生の診療実態を伝える一文も、併せてここに訳出し紹介した。この時期に筆者は、家伝の秘方をもつ漢方医 李紅蓮の脈診も受けている。
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翻訳 一九五七年 ―好機と逆転― 単著 2000年5月 『中国 21』 Vol.9 (特集 五四運動と現代中国) 愛知大学現代中国学会  
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要旨:「一九五七年 ―好機と逆転―」と題されたこの論説は、著者李華興自らの体験がその基礎となっている。中国は一九四九年より一九五六年に至る間に驚異的発展と成功を収めたが、しかし一九五七年の夏頃から情勢が一変し、発展の好機を逸して劣勢に転じた。著者はこのことを回顧し、次のようにその苦汁を吐露している。「五十年来の中国の歩みを振り返ると、知識人を異分子とし、階級闘争を繰り広げ、民主と科学を蔑視した時に、知識人はたたかれ、全国が災禍を被り、発展は停滞したばかりか逆に後退した。反右派闘争の時期がそうであったし、文化大革命の十年間に至ってはいっそう甚だしいものがある。」(小林美生・こぅりんびぇんせぃ)
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翻訳 「整骨の神医:包金良」(6) 共著 2000年1月 名古屋学院大学論集 人文・自然科学篇 36-2 109-120  
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要旨:前半には幾人かの患者の治療の様子が紹介されている。包医師の両手は起死回生をもたらす手であり、それは遠い昔から今日に至るまで受け継がれてきた医術であって、医師が誠心誠意患者に愛情を捧げ社会に尽くしていると著者は述べる。後半には1990年5月12日に開かれた包金良先生の医術医療座談会の内容が紹介され、その中で、包先生の先祖伝来の接骨妙技は確かに不思議な効果があることを幾人かの患者が語る。この年月までに先生が診察した患者は14126人をかぞえ、とりわけ時間を経過していない骨折の治癒率は百パーセントに達するという。
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翻訳 「整骨の神医:包金良」(5) 共著 1999年7月 名古屋学院大学論集 人文・自然科学篇 36-1 61-70  
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要旨:最初に新聞 『人民日報』と雑誌 『中国老年報』に掲載された包金良先生による治療の記事が引用され、その中で4つの具体例を説明し、人々が包金良医師をかけがえのない宝のような人材として見ていることを伝えている。つづいて陳林蘇という看護婦が登場し、包先生が過去に自分の命を顧みず人々を火事の中から救ったこと等、先生が進んで人助けをした様々な話を紹介している。最後に患者から贈られた、感謝の気持ちを吐露した書画の内容が紹介され、人間の容貌は美しい心の光に照らされてこそ魅力を発するものだと著者はしめくくる。
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翻訳 「整骨の神医:包金良」(4) 共著 1999年1月 名古屋学院大学論集 人文・自然科学篇 35-2 65-80  
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要旨:ここには神医・包金良が乙女時代を経て師範学校へ入学し、卒業後にゴビ砂漠の郵便電信局に配属されたことが記されている。つづいて、ナーダム祭でモンゴルの風情に触れたこと、結婚と出産のあとに文化大革命で災難に遭ったこと、苦労のなかで精神が磨かれたことなどが記述されている。また、1964年以来26年間にわたって医療に携わってきたこと、包家が代々整骨の医者であったこと、仕事の合間に患者の接骨治療に精進した後、1984年に北京で整骨医として迎えられ、努力が実を結び自己の理想が叶ったことなどが詳述されている。
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翻訳 「整骨の神医:包金良」(3) 共著 1998年7月 名古屋学院大学論集 人文・自然科学篇 35-1 33-42  
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要旨:ここには神医・包金良の幼少時の極貧の家庭環境が詳しく紹介され、その善良な人柄は祖母によって培われたこと、その強靭な精神は苦労の中で養われたことが説明されている。彼女は幼い頃から男まさりで、9才から気功の拳術のトレーニングを始めた。数十年来つづけてきたトレーニングが整骨治療の前提になっていること、また幼少時に家畜の怪我・骨折を治療して整骨法の啓示を得たこと等そのバックグラウンドが詳述されている。
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翻訳 「整骨の神医:包金良」(2) 共著 1998年1月 名古屋学院大学論集 人文・自然科学篇 34-2 85-98  
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要旨:ここには富慧という女性患者の腕の骨折の治療状況が詳細に紹介されている。ある患者は包金良先生への賛辞として、先生を遥か彼方の源泉や空高い雲間の小雨に喩えた。清らかな泉水は命の息吹を伝える緑を育み、細やかな小雨は命の悦びの歌を奏でる、と。つづいて建設会社の管理職・李長河さんのバイク事故による骨折の治療が紹介され、その並外れた医術の物凄さを称えている。包金良医師は患者に献身的な治療を施し、患者は先生が病に倒れたと聞けば心の支えを失ったように感じるほどの親密な関係になっている。
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翻訳 「整骨の神医:包金良」(1) 共著 1997年9月 名古屋学院大学論集 人文・自然科学篇 34-1 143-157  
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要旨:これは宋紹明著『功壇六傑―氣功、特異功能掲秘』の中の一つ「正骨神医包金良」を訳出したものである。気功や人体の特異機能は人体科学の中でも新しい分野に属し、人間の潜在能力については明らかになっていない部分が多い。著者は人体科学の知識の普及と研究材料の提供を意図して自らの体験と見聞を書き記した。包金良氏はモンゴル族の女医であり、骨折治療などの整骨を得意とする。ここにはその神技的接骨治療の様子が詳しく紹介されている。
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翻訳 徐恒進「当代の奇人:趙学忠」(4) 共著 1996年1月 名古屋学院大学論集 人文・自然科学篇 32-2 63-85  
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要旨:訳者(黄)はかつて北京留学中に気功師の趙学忠先生の治療を直に受けた実体験がある。ここに当時の治療記録などの関連資料をいくつか紹介した。収録した資料は4種からなる。1)アメリカの『TIME』誌に掲載された、気功師として活躍する趙学忠先生の姿を伝える写真資料と英文紹介記事:「In China: A Qigong Master at Work 」(『TIME』MAY 16,1988 ―By Jaime A.FlorCruz)、および訳者によるその日訳文。2)趙学忠先生と弟子の郭貴清女史による気功治療プロセスの筆者中文記録:「趙學忠大夫治療過程的日記 1~8」。3)筆者が‘気’の存在を確かめるために行った実験の中文記録:「趙學忠大夫作氣功試驗的記録」。4)趙学忠先生の手稿の診療案内状および北京国際飯店に掲示されたその筆者日訳文:「趙学忠気功治療のご案内」。当時、趙学忠のほかに筆者は、気功大師 呂新林および白堯舜の施術も受けている。   
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翻訳 徐恒進「当代の奇人:趙学忠」(3) 共著 1995年7月 名古屋学院大学論集 人文・自然科学篇 32-1 379-394  
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要旨:ここには、気功師・趙学忠が昔、心臓発作で二ヶ月間入院した後に北京の北海公園の道場で“鶴翔荘”という気功を習い、そこで自分に特異なパワーがあることを知ったこと、腫瘍を患う同僚に対し自ら初めて気功の治療を施したこと、患者の病を治せない時が最もつらいこと、および国内外で数え切れないほどの患者を診てきた経緯などが紹介されている。
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翻訳 徐恒進「当代の奇人:趙学忠」(2) 共著 1995年1月 名古屋学院大学論集 人文・自然科学篇 31-2 185-198  
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要旨:作者の眼疾患に対する気功治療やハルピンの警察官の神経痛治療につづいて、ここでは事故で脳震盪を起こした有名女優に対する魔術的気功治療と、トラクターにひかれて植物人間となった少女に奇跡的治療を施す様子などが取り上げられている。「気功は科学である」という趙学忠氏の言葉に、作者は「何故、どのようにして眼で人間の五臓六腑が見えるのか」などと迫り、その神技の秘密を探ろうとする。
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翻訳 徐恒進「当代の奇人:趙学忠」(1) 共著 1994年7月 名古屋学院大学論集 人文・自然科学篇 31-1 97-107  
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要旨:「当代の奇人:趙学忠」は気功治療についてのルポルタージュである。気功は中国で古来から人々に親しまれ育まれてきた健康法の一つであり、病気の予防や治療に利用されてきた。近年日本でも気功のブームが起こり、これまでにそれに関する数多くの著作が出版され、またテレビ番組でも「気の不思議」などとして気功のことが取り上げられ紹介されてきた。中国文化のなかで連綿として受け継がれてきた「気」の概念は、哲学・宗教・医学など人文科学と自然科学の複数領域にまたがるものであり、それは言わば中国文化を解明するための重要な手がかりの一つであると言っても過言ではない。中国文化の理解とともに、人体という私たち自身のこの小宇宙の未知を少しでも解明するために、「気功」或いは「気」が一つの手がかりとなり人体科学の正しい認識に一歩でも近づくことができればと願うものである。この翻訳は、このような事柄に関心を持つ読者の参考に供することを意図して行った。
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翻訳 「癌≠死」(4)  共著 1994年1月 名古屋学院大学論集 人文・自然科学篇 30-2  
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要旨:「東洋のヨガ術」というこの一節で作者・柯岩女史は、中国の気功が将来そのような名称に変わってから外国より逆輸入することのないように、まず中国人自身が著作を著し学説を立てて世界に紹介すべきことを訴えている。気功に対する作者の執筆態度は作品を通して一貫しており、患者の一人としてありのままの実体験を記述することによって医療の発展に貢献せんとする姿勢がここに窺われる。
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翻訳 「癌≠死」(3)  共著 1993年7月 名古屋学院大学論集 人文・自然科学篇 30-1  
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要旨:「古めかしい課題」と題された本節では、郭林女史の新気功の恩恵を受けたという新気功癌治療グループ指導員の于大元氏を取材し、その理性的分析に基づく語りをルポしている。作者はこの指導員を目の当たりにして、「人間は、とどのつまり、何のために生きるのだろうか、如何に生くべきか、そしてどのように生きれば幸せと言えるのだろうか」という問いを発している。
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翻訳 「癌≠死」(2)  共著 1993年1月 名古屋学院大学論集 人文・自然科学篇 29-2  
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要旨:「データと生き証人」と題された本節では、気功による癌治療に当たって科学的根拠や実験などの各種データの必要性を説いている。断片的証拠しか存在しない現状では、データとは即ち生き証人による実験の中から統計的に導き出されるものであると作者は考え、生き証人とその現場の活動状況を事細かに描写し紹介している。
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翻訳 「癌≠死」(1)  共著 1992年7月 名古屋学院大学論集 人文・自然科学篇 29-1  
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要旨:「癌≠死」は女流文筆家・柯岩の手になる作品である。心臓病で入院中に癌(がん)の疑いをかけられた彼女は、郭林女史の新気功に出くわす。科学的根拠に乏しいそうした治療法に、初めのうちは半信半疑でありながらも次第に興味を抱き、同じような病気に苦しむ多くの仲間と出会って気功の世界に入っていく。そのプロセスを記述したのがこの作品である。昨今の日本は気功のブームである。中国から招かれた気功師の講演会にはたくさんの聴衆が集まる。気功療法の看板を掲げる治療院も多い。気功は中国文化の中で生まれ育まれた特異な医療文化の要素である。日本文化のなかに移入されたそうした異文化の所産を正しく理解し、本来の機能を遺憾なく発揮させるためにも、その文化母体である中国文化との関連において捉えることが必須であると考えられ、このような意図を以ってこの作品を訳出した。
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翻訳 長安古橋交流文物展 図版解説 共著 1988年3月 『長安古橋交流文物展』図録カタログ 香川県瀬戸大橋架橋記念博覧会協会 63-71  
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要旨:かつて唐の都・長安に学んだ空海の縁のもとに、香川県と中国・西安市が瀬戸大橋の架橋を記念して「長安古橋交流文物展」を開催。展示品は唐代を中心に西周時代より清朝にいたるもので、全65点に及ぶ。空海ゆかりの文物や唐東渭橋に関する文化遺物など、1200年をへだてて世界で初公開の貴重な文化財がここに多数含まれている。この翻訳は図録カタログ『長安古橋交流文物展』(西安市文物園林局編集)の「図版解説」の部分にあたる。
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翻訳 夏殷文化的考古学研究 単著 1985年2月 飯島武次著 『夏殷文化の考古学研究』 山川出版社 p.1~16  
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要旨:『夏殷文化の考古学研究』に附された同著書の中国語概要。内容は、1)「夏と殷王朝の成立に関する諸説」、2)「河南龍山文化と夏」、3)「二里頭文化と殷文化の成立」の三節からなる。中国の古代国家の成立を考えるにあたって特に二里頭文化の遺跡・遺物に着目し、この文化がその前に位置する龍山文化とその後に位置する二里岡文化・殷墟期の文化といかなる関係にあるのかを仔細に検討している。
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口頭発表:研究発表 中日两国文化差异之深层 単独 2019年11月 第十屆东亚汉学国际学术研讨会(东亚汉学研究学会/名古屋学院大学/陕西师范大学人文社会科学高等研究院主办)於名古屋学院大学  
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要旨:中日两国文化同根同源,然而在生死观上却有比较大的差异。例如对于死亡的态度、对于自杀的看法等。本研究旨在对中日两国的生死观加以分析比较,找出差异及其原因,深入挖掘文化深层次的内容,以求加深两国之间的文化理解。
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口頭発表:研究発表 アメリカ在住華人の華語学習 ―中華学校と大学の中国語― 単独 1999年5月 日本中国語学会・東海支部例会、第7回東海中国語・中国語教育研究会(共催)  
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要旨:アメリカ西部カリフォルニアにおける中国語教育の実態についての筆者調査報告。現地の中華学校は台湾出身者の創設によるものが多数を占め、台湾の教科書・注音符号・繁体字を用いている。しかし米国内ではほとんどの高校や大学ですでに中国本土のピンインと簡体字を導入しているため、今後、中華学校でも全体的にピンインや簡体字に切り替えていくべきだという意見がいっそう強くなっている。大学での中国語履修者が激増し、学校現場では教材の開発と教師の養成が急務であり、大きな課題となっている。
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口頭発表:研究発表 北京語音と“普通話”標準語音 単独 1996年1月 名古屋学院大学・南開大学第6回共同研究会(文部省科学研究費助成事業)於名古屋学院大学  
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要旨:名古屋学院大学の日中国際学術交流の中で、「中国における方言分布」に関する基調報告の一環として行った研究発表。中国社会科学院語言研究所研究員・徐世榮氏(元普通話異讀詞審音委員会副主任)提供の手稿「普通話異讀詞三次審音總表初稿 修訂稿(第一次草稿)」と氏の助言に基づき筆者が実施した北京語異読音に関する現地調査の成果を紹介。かつて筆者は1989年~1991年の間に数か月にわたって北京に滞在し、北京都心に居住する老若男女約100人の“老北京人、新北京人”(生粋の北京っ子、北京生まれの北京育ち)を発音調査対象の被験者として取材した。今回、その聞き取り調査で得られた異読音の筆者統計データを提示するとともに、その中で、1985年12月に公表された中国“普通話異讀詞審音委員会”制定の『普通話異讀詞審音表』に審音の不適切なものが存在することを指摘した。
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口頭発表:研究発表 “普通話”の異読語について 単独 1995年7月 中国事情研究会  
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要旨:筆者の北京での聞き取り調査によって得られた漢語共通語“普通話”の異読語を系統別に分類して紹介し、現時点での北京語音と“普通話”標準語音の間の異同について概説した。
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口頭発表:研究発表 隋唐鏡研究の現状と課題 単独 1985年10月 中国考古学研究会・関東部会  
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要旨:隋唐鏡研究の現況を概観し、中国鏡鑑史の流れと隋唐鏡の位置付け、龍系鏡の系譜と雲龍鏡の編年、そして隋唐鏡研究の課題について筆者の研究の視点と方法論およびその展望を紹介した。
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口頭発表:講演 「你好」(ニーハオ) ~中国語と中国文化~ 単独 2021年2月 名古屋市教育スポーツ協会主催事業(於名古屋市昭和生涯学習センター)  
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要旨:「多文化共生社会へ ~まずは、アジアの言葉と文化から~」をテーマに開催された本講座の一環として行った講演。日本の言語文化の形成に大きな影響を与えた、多民族・多言語の長い歴史をもつ中国大陸の漢字文化。中国文化を構成する重要な要素である言語を切り口に、言語および漢字そのものの成り立ちや字体の変遷・歴史上の役割および漢語の方言分布を概説し、さらにそのバックグラウンドにある中国文化と中国社会の特質を、実体験を紹介しつつ解説した。つづく日本の漢字文化受容の歴史を説明するなかで、阿倍仲麻呂の和歌「望鄕の詩」を詠んで日中文化交流の足跡を辿り、また漢詩「楓橋夜泊」を訓読し、北京語による節回しをつけた朗誦も披露した。後半では日中の漢字の使い方や表現方法の違いなどを絡めながら、日中間の漢語の異同を略述した。最後に「現代漢語」の成り立ちを解説し、受講者に生の中国語の響きを聞いていただき、それぞれが発音したりなど体験的な活動も行った。
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口頭発表:講演 知っておきたい!外国人から見た日本 単独 2019年10月 平成31年度 名古屋市熱田生涯学習センター主催講座 【名古屋学院大学社会連携センター共催】  
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要旨:海外に居住したり通訳・翻訳業に携わったりした筆者の経験を基に、「外国人の日本観」についてのお話をした。多様な価値観の存在を知ることで、多文化共生について考えるきっかけとする。今回、「中国人の日本観」を主テーマに講演を行ったが、元来、ヨーロッパほどの広大な国土に14億人もの人々が暮らす中国大陸では、地域、年齢層、階層などによって対日意識が異なる。また人々のもつイメージは、その時々の日中関係に左右されることも多い。近年、中国人富裕層の対日イメージは相当にアップしている。
講演では、以下の6つのケースについて解説した。1)(中国北部と南部の)一般市民のもつ日本のイメージと対日観、2)訪日観光旅行者のもつイメージ(来日後)、3)中高生・大学生などの日本アニメ世代の若者目線、4)ビジネスマン・留学生・実習生などの中長期滞在者の視点、5)在日華人・華僑と帰化人のスタンス、6)中国人研究者から見た日本人と日本文化の深層。
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口頭発表:講演 漢詩鑑賞へのいざない ―中国の詩史と七言絶句― 単独 2017年10月 2017年度 名古屋学院大学シティカレッジ 名古屋まちなかカフェ講座  
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要旨:中国文学の一翼をになう漢詩について、その詩史を紹介し、各時代の代表的な詩作を鑑賞した。とりわけ筆者自作漢詩のほか「楓橋夜泊」など種々の七言絶句の名作を、漢文訓読のほかに北京語による朗詠をもって味わい、漢詩鑑賞のもつ面白みを共に楽しんでいただいた。後半では、「七言絶句」の日中2種の作詩方法を紹介し、平仄・押韻・起承転結など、作詩技法の手ほどきをしながら講座参加者にも漢詩作りを体験していただいた。講座全3回の主題は「中国の漢詩作品」、「唐詩七言絶句の鑑賞」、「七言絶句の実作体験」。今回、筆者の拙作は、漢詩講座と中秋の時序を詠んだ七絶2首のみ。「双十節 漢詩講座有感」:古詩鑑賞有十人、老少學習試詠吟、一旦填詞皆各異、作成首首味津津。「月兎感慨」:中秋賞月兎嗚嗚、古鏡亦存擣藥圖、靈驗家人求切切、衹希順治變心舒。
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口頭発表:講演 你好(ニーハオ) ~中国語と中国文化~ 単独 2016年2月 名古屋市港生涯学習センター主催講座、港区多文化共生推進協議会共催講座  
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要旨:「多文化共生社会を目指して ~まずは言葉と文化を知ることから~」をテーマに開催された本講座の一環として行った講演。日本の言語文化の形成に大きな影響を与えた、多民族・多言語の長い歴史をもつ中国大陸の漢字文化。中国文化を構成する重要要素である漢字を切り口に、漢字・漢語そのものの成り立ちや字体の変遷・歴史上の役割および漢語の方言分布を概説し、さらにそのバックグラウンドにある中国文化と中国社会の特質を、実体験を紹介しつつ解説した。つづく日本の漢字文化受容の歴史を説明するなかで、阿倍仲麻呂の和歌「望鄕の詩」を詠んで日中文化交流の足跡を辿り、また漢詩「楓橋夜泊」を訓読し、北京語による節回しをつけた朗誦も披露した。後半では日中の漢字の使い方や表現方法の違いなどを絡めながら、日中間の漢語の異同を略述した。最後に「現代漢語」の成り立ちを詳述し、受講者が生の中国語を聞いて、発音したり読んだりする体験的な活動も行った。
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口頭発表:講演 諸橋轍次博士記念漢詩大会 審査員選評 単独 2014年11月 第六回 諸橋轍次博士記念全国漢詩大会(於諸橋轍次記念館)  
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要旨:本年の諸橋轍次博士記念全国漢詩大会には697名が参加し、818首もの漢詩作品の応募があり、昨年より50余首増えている。応募作の七言絶句は詩題もバラエティ豊かで多岐にわたり、春夏秋冬・天地日月・花鳥風月・喜怒哀楽など様々な詠物詩や詠懐詩が見られ、内容は実に多種多様である。ここには味わい深い和風の漢詩が多数詠まれている。本大会では中原健二氏による講演が行われ、最終審査の審査委員長を務めた筆者が、漢詩大会の表彰式において審査講評とともに北京語による優秀作朗詠を行った。また「諸橋轍次記念館」庭園での選者・受賞者による流觴曲水の宴では、柏梁体の句作りにも加わった(筆者の韻字は「梧」で、「鳳凰棲息在碧梧」一句の作)。本年の漢詩作品の選評と審査員詠草「七絶彙聚有感」は、作品集『粤風詩筒 第6号』(諸橋轍次博士記念漢詩大会実行委員会 編集・発行)に掲載してある。
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口頭発表:講演 諸橋轍次博士記念漢詩大会 審査員選評 単独 2013年11月 第五回 諸橋轍次博士記念全国漢詩大会(於諸橋轍次記念館)  
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要旨:「漢学の里」の諸橋轍次記念館では、日本の漢詩文化の衰退に歯止めをかけ漢詩実作の促進と次世代の育成を目的に2009年より「諸橋轍次博士記念全国漢詩大会」を例年開催している。諸橋轍次博士生誕百三十周年を記念して開催された本年の漢詩大会には673名が参加し、765首もの漢詩作品の応募があった。応募作の七言絶句は詩題が多岐にわたり、詠物詩・詠懐詩・情感詩・哀傷詩・懐古詩・遊覧詩・贈答詩など多種多様。ここには味わい深い和風の漢詩が多数展開されている。大会では円満字二郎氏とドナルド・キーン氏による講演が行われたほか、最終審査の審査委員長を務めた筆者が、漢詩大会の表彰式において審査評とともに北京語による優秀作朗詠を行った。また選者・受賞者による流觴曲水の宴においても柏梁体の句作りに加わった(筆者の韻字は「侶」で、「大漢和是吾伴侶」一句の作)。筆者の漢詩作品の選評と、審査員詠草として「萬古長青:和唐自古有交流 思慕平城遣使秋 兩國如今來往密 脱歐入亞世人求」一首を、作品集『粤風詩筒 第5号』(諸橋轍次博士記念漢詩大会実行委員会 編集・発行)に掲載してある。
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口頭発表:講演 遣唐使時代の中国とその文化遺産 ―7~8世紀頃の日中関係を中心として― 単独 2010年11月 名古屋学院大学大学院公開講演会(名古屋学院大学大学院 主催、院生協議会・大学院同窓会 協賛)  
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要旨:本年の平城遷都1300年を記念して「遣唐使時代の中国とその文化遺産」をテーマに、国際都市の都・長安で花開いた大唐帝国の文化と文化財について講演を行った。時代の文化背景を概説したほか、唐の文物摂取の具体例として、拓本などの図版資料を用いて和鏡の源流となる唐宋鏡とその受容の様相を概観した。奈良の東大寺正倉院には唐より将来された逸品が多数収蔵されているが、講演では唐鏡のほかに、聖武天皇の遺愛品とされる「螺鈿紫檀五絃琵琶」などの正倉院宝物も図版で紹介した。
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口頭発表:講演 中国の古鏡 ―文様とその文化史― 単独 2010年6月 「名古屋学院大学シティーカレッジ 2010 Spring」 文化講座・全四回(名古屋学院大学地域連携センター)  
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要旨:日本では弥生時代以降、中国より大量の鏡が舶載され宝物や神器とみなされ、さらにそれらを模倣した仿製鏡が作られたが、平安時代中ごろには独自の文様をもつ和鏡が成立している。その源流となる中国古鏡の様式の展開をたどり、中国鏡の精華である戦国鏡・漢鏡・隋唐鏡と宋元鏡の図像を見るとともに、日本出土の三角縁神獣鏡および平安時代から江戸時代に至る和鏡の展開を辿った。鏡の文化史については、鏡のもつさまざまな意味や用途を解説し、特に神霊性を帯びた鏡の説話として『古鏡記』を紹介し、また故事『破鏡重圓』の原典を読むとともに漢唐の夫婦合葬墓における半折鏡の風習を説明した。(全四回)
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口頭発表:講演 中国古鏡の文化史 単独 2008年11月 「かすがい熟年大学 歴史コース」(春日井市教育委員会) 於文化フォーラム春日井  
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要旨:中国古鏡の4000年の展開を、鏡背に刻まれた図像と銘文および関連文献を紹介しながら時代を追って解説し、長い歴史にわたるその発展と衰退の様相を概説した。中国の鏡が化粧具として用いられた以外に、贈答品・結納品や副葬品として、また儀礼、呪術、照魔、魔除け、規約、愛情・信頼の証などとして様々な意味や用途に使われてきた状況を紹介した。
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口頭発表:講演 關於普通話異讀詞審音的若干問題 単独 2008年9月 中国・南開大学語言研究所(於教師節)  
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要旨:在中國國家教育委員會指導下,國家語言文字工作委員會和語言信息管理司正在共同建設普通話審音庫,並組織專家建立第3次普通話審音委員會,將制訂新的普通話異讀詞審音表。本講演對現有的<普通話異讀詞審音表>中所存在的不周之處進行説明,指出其缺點,以供普通話異讀審音之參攷。
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口頭発表:講演 中国人の死生観 単独 2006年1月 かすがいカレッジ・名古屋学院大学連携講座 :「いま、よく生きるということ」 ―生と死を見つめて―   (春日井市) 於春日井市立坂下公民館  
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要旨:中国漢民族の死生観・他界観について、古代から現代にいたる歴代の文献史料・葬儀記録等を提示し、中国人の信仰・宗教の一端を紹介した。四つの主題「中国古代の鬼神信仰」、「魂魄にまつわる信仰と祖先祭祀」、「道教・民間信仰における死後生命観」および「現代中国の都市と農村の葬儀事情」について概説した。
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その他 名古屋「鶏翅」百科 共著 2018年2月 发行:名古屋学院大学/金山南商店街 企划:名古屋学院大学 井泽研究室 编辑:编辑企划室 群/金山南商店街 翻译:李劲毅  
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要旨:名古屋「鶏翅」百科是本小册子。原日文版本名称为「手羽先読本」。笔者对中文版的名古屋「鸡翅」百科翻译稿进行了监修,将译稿全文捋了一遍。中文版内容如下:这就是名古屋的「鸡翅」名产。「鸡翅」的日文「手羽先」,原本的意思指的是「鸡翅膀前端的部分」。可是在名古屋,「鸡翅」已经变成了菜肴的名称。不可思议的是,不管是炸的或是卤的都是叫做「鸡翅」。云云。(黃名時监译)
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その他 跋 『青春の領空に』の刊行に寄せて 単著 1999年3月 中山みどり著 『青春の領空に ―再春キャンパスだより 』 中日新聞社出版開発局 276-279  
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要旨:『青春の領空に』の著者中山みどりさんは中国で生まれ十年間を長春で過ごした経験をもつ女性である。彼女は近年に至って、半世紀も前に住んだ遠い日の中国の旧居を捜し当てた。人は幼少時に遊んだ野原や田舎言葉を懐かしむ。自分の育った野山は恋しく、その土地の言葉は耳に心地よい。中山さんは高校の国語教師を定年退職後に、意を決して本学・名学大中国語学科に入学し、黄ゼミに所属した。これはその`再春'の奮戦記である。本書には、大学内の日頃の学習情況から学友関係に至るまで広く学生間のキャンパスライフが盛り沢山詰まっており、学生目線を知るにはまたとない情報源でもある。ここには中国語・中国文学との格闘の中で自らの居場所をみつけ、充実した大学生活を生き生きとして満喫する著者の姿が如実に浮かび上がっている。社会人学生として再び学ぶことの意味が明確になっていく過程、その「かけがえなき今を生きる」姿勢、彼女のライフスタイルは年代を越えて常に私たちに感動と勇気を与えてくれる。
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その他 Japanese Intercultural Relations: From a Chinese Minority Perspective 単著 1998年10月 Donahue, R. T.『JAPANESE CULTURE AND COMMUNICATION 』Lanham, USA & 0xford, UK: Univ. Press of America  
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要旨:『JAPANESE CULTURE AND COMMUNICATION 』の一節として執筆した英文随筆。在日歴40年の筆者の日本観を提示することによって、ここから列島におけるエスニック・マイノリティーの置かれた立場を覗き、さらには日本人と中国人の発想の違いや行動パターンの相違および日中間の文化的異同などを見出すことができよう。近年日本の国際化も進み、外国人との接触が増えるなかで列島では「ステレオタイプ」的思考は後退して、今や多言語のできる異文化を理解したマルチ型グローバル人材が日本人のなかに求められる時代がようやくおとずれた。列島の日本人社会に生きるエスニック・グループの人たちにとっても住みよい環境ができつつある。来る21世紀には、真に門戸が開かれることを期待したい。
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その他 “鏡軒主人”について 単著 1995年10月 林柳烟・黃當時 編 『鏡軒學院集刊 黃濟清先生紀念號』 鏡軒學院 中國語教室(京都)  
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要旨:中国の詩文・書画・篆刻そしてアンティークをこよなく愛し、闊達な気性で生涯風流な文人の生き方を通した豪放磊落の人“鏡軒主人”黃濟清、京都外国語大学名誉教授。法名は「積善院仁譽浩然有義居士」。ここに“鏡軒”の名の由来のほか、“鏡軒主人”の漢学の家系(族譜:文應盛世業造清時學宗正大才育英奇)とその私塾経営、座右の銘、および中国大陸(福建漳州)・臺灣彰化(興賢吟社 黃溥造)・日本京都(鏡軒書室)との関わりなどを紹介した。併せて“鏡軒主人”を偲ぶ筆者の詠んだ七絶を付してある。清明節の日に捧げた「乙亥清明 追念鏡軒主人」一首:

                                     鏡育桃華至古稀
                                     軒栽李子滿新枝
                                     美日嬰兒眯眼笑
                                     清湖老甫展眉嘻  
 

cf.「プロフェッショナル先生」(『異色探訪 西日本の著名人の横顔』 西日本経済新聞社編集局編 西日本経済新聞社出版局 1973年1月 収載)    【林柳烟(林篤勲五女/名古屋外国語大学名誉教授)慈善院緣譽柳花微風大姊 [乙未]】
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 8 学外活動
 8-1 本学以外の機関(公的機関・民間団体等)を通 しての活動
就任年月 退任年月 機関名、役職名等
1973年4月 京都華僑総会 会員
1973年6月 1973年6月 映画「ザ・カラテ」(1974年配給)香港カンフースター・シンガポール武術師範(演武撮影現場)通訳者
1974年4月 1978年3月 京都府日本中国友好協会 中国語講座 講師
1974年7月 1974年8月 中華人民共和国展覧会 説明員兼通訳者(於大阪千里万博記念公園)
1975年5月 1975年6月 中國西安市文物圖片展覽(団長 袁仲一・秦始皇帝兵馬俑博物館館長) 通訳者(於京都)
1975年9月 1975年9月 中国国体(中華人民共和国第三屆全国体育運動会・北京) 競泳種目選手(張春橋接見 於人民大会堂)
1976年10月 1978年3月 松下電器産業㈱ 大阪本社・海外研修所(枚方)中国語通訳者
1977年4月 1978年3月 鏡軒学院 中国語教室(京都) 講師
1978年4月 1979年3月 中国留日学生 後楽寮(善隣学生会館・旧満洲国留日学生会館 附設)自治委員会 委員
1979年9月 1979年9月 中国国体(中華人民共和国第四屆全国体育運動会・北京) 競泳種目選手(鄧小平接見 於人民大会堂)
1980年4月 1982年3月 中国留日学生 清華寮(旧台湾総督府直営 高砂寮) 寮長
1980年4月 1987年3月 (株)中国語翻訳センター(東京・新橋) 派遣通訳者・翻訳者
1980年4月 1982年3月 ソビエト「新時代」誌東京特派員(現・ロシア外交評論家)ユーリー・タブロフスキー(司有礼)氏の中国語個人レッスン 教師(於東京・茗荷谷)
1980年4月 1984年3月 日中学院(善隣学生会館・現日中友好会館 附設) 一般科・別科研究科[通訳班] 中国語講師
1980年10月 1982年3月 OTC (Overseas Training Center)東京 語学研修 派遣講師(ニチメン中国室 中国語講師)
1982年4月 1983年3月 京都女子大学 文学部 非常勤講師
1982年4月 1989年3月 東大台湾同学会 会員
1982年10月 1982年10月 中国国家スポーツ代表団(団長 李富荣) 通訳者(愛知工業大学・後藤学長との対談等)
1983年5月 1983年5月 台湾女優湯蘭花(ハウス食品「楊夫人マダムヤン」東北新社制作テレビCMの撮影)通訳者
1983年10月 1983年10月 タレント小林桂樹(大正製薬「大正漢方胃腸薬」博報堂テレビCM撮影)「食前・食間」の中国語音声インストラクター・CM音声吹込み者
1984年4月 1984年9月 住友商事(東京本社) 中国室 中国語講師
1984年10月 1985年3月 上海宝山製鉄所vs新日鉄・日本車輌談判(於上海宝鋼) 通訳者(三井物産 東京本社重機械部 派遣)
1985年5月 1985年5月 秋田経済法科大学附属高等学校“日中友好の船”訪中団 通訳者
1985年9月 1985年9月 静岡県中小企業組合連合会 訪中団(外交官待遇) 通訳者(中国国家副主席・王震との会談通訳者 於人民大会堂)
1995年4月 1998年9月 『國際漢學論壇』中国・西北大學出版社(西北大學國際文化交流學院・西北大學漢學研究所 編) 編輯委員
1998年4月 2001年3月 鏡軒学院 中国語教室(愛知)学院長
2003年4月 2005年3月 独立行政法人 大学入試センター 教科科目第一委員会(作題委員会)試験問題作成委員
2004年4月 2019年5月 『國際漢學集刊』中國社會科學出版社(陝西師範大學國際漢學院・陝西師範大學漢學研究所 編) 編輯委員
2005年4月 2006年3月 独立行政法人 大学入試センター 教科科目第一委員会(センター入試緊急対策問題)作題委員
2006年12月 2016年3月 臨沂久美木業有限公司 總裁
2007年4月 2009年3月 独立行政法人 大学入試センター センター入試中国語検討委員会 委員(中国語出題文法ガイドライン作成)
2012年8月 2012年9月 大学コンソーシアムせと 第3回瀬戸市・韓国利川市 姉妹都市大学生交流 引率教員
2013年9月 2013年11月 第五回 諸橋轍次博士記念全国漢詩大会 審査委員長(於諸橋轍次記念館)
2014年9月 2014年11月 第六回 諸橋轍次博士記念全国漢詩大会 審査委員長(於諸橋轍次記念館)
2015年4月 2017年3月 独立行政法人 大学入試センター 教科科目第一委員会(作題委員会)試験問題作成委員
2015年6月 2015年6月 第一回国際交流懇談会「駐名古屋中華人民共和国総領事館との交流会」(中部経済連合会主催)名古屋学院大学代表出席者
2016年11月 2016年11月 新聞インタビュー「実業家大統領に期待も」(『中日新聞』11月11日朝刊)
2019年4月 2019年9月 中国)南開大学 文学院 Visiting Scholar(名古屋学院大学 在外研修)
 8-2 学会・学術団体等の活動
種類 就任、受賞等年月 退任年月 内容(学会・団体名、受賞名、役職名等)
学術団体等 1979年4月 1982年3月 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 共同研究プロジェクト(中国語部会、座長 橋本萬太郎) 共同研究員
学術団体等 1982年4月 彌生会(東京大学文学部)会員
学術団体等 1982年10月 1992年3月 中国文史哲研究会 会員
学術団体等 1986年4月 日本中国学会 会員
学術団体等 1986年4月 日本中国語学会 会員
学術団体等 1986年4月 中国社会文化学会(旧・東大中国学会)会員
学術団体等 1989年7月 1989年7月 日・中・韓古代史 国際シンポジウム(座長 上田正昭) 通訳者(於京都国際会議場)
学術団体等 1990年4月 東方学会 会員
学術団体等 1993年4月 日本中国考古学会 会員
学術団体等 1996年11月 在日華人漢語教師協会 会員
学術団体等 1998年4月 2006年3月 日本中国語学会 理事
学術団体等 1999年12月 1999年12月 第六屆 世界華語文教學研討會(於臺灣臺北・世界華語文教育學會主催) 海外参加研究者
学術団体等 2001年6月 2001年6月 国際中国語言学学会International Association of Chinese Linguistics(於米国UCI・カリフォルニア大学アーバイン校) 海外参加研究者
学術団体等 2006年4月 2020年3月 日本中国語学会 評議員
学術団体等 2009年4月 日本中国語検定協会 フォーラム会員
学術団体等 2011年6月 東亞漢學研究學會 理事
学術団体等 2014年12月 2015年1月 第十一屆 世界華語文教學研討會(於臺北教育大學・世界華語文教育學會主催) 海外参加研究員
学術団体等 2015年5月 2015年5月 東亞漢學研究學會 第六屆國際學術會議(於Macao・澳門大學 中國語言文學系) 理事
学術団体等 2019年11月 2019年11月 東亞漢學研究學會 第十屆東亞漢學國際學術研討會(於名古屋學院大學) 理事・主催校代表

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